再会、ニホンカモシカ ー ポートレート

長野県大町市 平

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やっと、

やっと会えた。


ニホンカモシカの顔
EOS5D Mark IV + EF500mm F4 L IS USM

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何か月もの間、
あのカモシカを探し続けてきた。

幾度となく、その縄張りを訪れては
木々の陰にカモシカの姿を探した。

でも、会えなかった。

去年見つけた糞場には
いつも新しい糞が積もっていたから
元気でいることは分かっていた。

でも、その元気な姿を
この眼で確かめることは
一度たりともできなかった。

そして、いつしか冬になった。

山には雪が降った。

撮影の行く手を阻む雪は厄介だが
思わぬ恩恵を与えてくれることもある。

真っ白な新雪の上に
はっきりと刻まれた
特徴のある蹄の跡を見つけた。

ニホンカモシカの足跡
EOS5D Mark IV + EF70-200mm F2.8L IS II USM

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あのカモシカのものに
間違いない。

足跡は、山の斜面へと続いている。

ニホンカモシカの歩き跡
EOS5D Mark IV + EF70-200mm F2.8L IS II USM

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足跡が連なる先の
冬枯れの木々が立ち並ぶ斜面の向こうに
あのカモシカの姿があった。

ついに、ついに会えた。

木立に佇むニホンカモシカ
EOS5D Mark IV + EF70-200mm F2.8L IS II USM

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近くで撮るには
この斜面を登っていくしかない。

しかし、こういう時に限って
斜面を登っていく装備がない。

まず、手袋を持っていない。
さらに、
500ミリのレンズを両手に抱えている上に、
カモシカ撮影には要らないレンズが詰まった
重たいカメラバッグを背負っている。

二足歩行の鈍重な巨大亀が
積雪の斜面に挑むのは無謀すぎる。

しかし、いま諦めたら
また会えなくなってしまうかもしれない。

だから、
行くしかない。

EOS5D Mark IV + EF70-200mm F2.8L IS II USM

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薄く雪の積もった斜面というのは
想像以上に歩きにくいし、危険だ。

数歩踏み出したところで
すぐに滑って転ぶ。

無意識にレンズとカメラを
かばってしまうのが災いして、
派手に身体を打ちつける。

打撲の痛みに耐えながら、
さらに登ろうとする。
でも、また転ぶ。

「あわっ」とか「ぐわっ」とか叫びつつ
斜面でのたうち回る私を
カモシカは上の方から
じっと見ている。

頼むから行かないで、と
心のなかで呼びかける。

そういえば以前、
カモシカの後をついて
山を登ったことを、ふと思い出す。

カモシカは山の生きものだけあって、
その登攀ルート確保能力は正確で、
一番楽に斜面を登る方法を知っている。
カモシカの歩くところこそが、
最適な登山ルートなのだ。

そこで、
カモシカのいる方向への直登を諦め、
一見遠回りに見える、
カモシカの足跡を辿って
斜面の上へ回り込むことにする。

するとやはり、
さっきとは比べ物にならないくらい、
着実に高度を稼いでいくことができる。
やっぱりカモシカは凄い、尊敬する。

それでも雪の斜面は難敵で
木の枝や、枯れ草に掴まらなければ
体勢を維持するのは難しい。

ようやく
カモシカのいる高台にたどり着いた時には
息も絶え絶えになっていた。

そんな私を待ってくれていたのか、
カモシカは
イバラの茂みの中から
こちらを静かに見ている。

ニホンカモシカ
EOS5D Mark IV + EF500mm F4 L IS USM

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本当にあちこち探し回ったんだぞもう。

言葉は通じないと分かっていても、
なんとなく話しかけてしまう。

EOS5D Mark IV + EF500mm F4 L IS USM

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しばらく見ないうちに
ちょっと貫禄は増したけれど
元気そうだ。

心底惚れこんだ
その端正な風貌も健在だった。

距離は約10メートル。

普通のカモシカなら
人間を警戒して
微動だにしない距離だが、
このカモシカは
どこかリラックスしている。

私が無害な顔馴染みだと分かっているのか、
それとも天性のクソ度胸の持ち主なのか、
こちらを凝視するのに飽きたかのように
カモシカはその場で、
のんびりと食事を始めたのだった。

ニホンカモシカの横顔
EOS5D Mark IV + EF500mm F4 L IS USM

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ノイバラの赤い実を
つまむようにして上手に食べる。

ノイバラの実を食べるニホンカモシカ
EOS5D Mark IV + EF500mm F4 L IS USM

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いたる所に
食べ物が溢れていた季節は過ぎた。

今はこうして
山中を彷徨いながら
食べられるものを食べて
生命を繋いでいくしかない。

EOS5D Mark IV + EF500mm F4 L IS USM

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厳しい季節だが
このカモシカの顔に
悲壮感はない。

多分もう10年以上も
そういう厳しい冬を
何度も乗り越えてきた。

その眼には
自信にも似た何かが
満ちている。

ニホンカモシカの顔アップ
EOS5D Mark IV + EF500mm F4 L IS USM + EXTENDER EF2×III

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食事をしながら
チラチラと
こちらの様子を伺う。

EOS5D Mark IV + EF500mm F4 L IS USM

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そのたびに
おおよそカモシカらしくない
可愛らしい表情を見せてくれる。

EOS5D Mark IV + EF500mm F4 L IS USM

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お前はモデルの才能もあるかもしれないぞ。
今度、正式に組んで写真集でも出そうか。

EOS5D Mark IV + EF500mm F4 L IS USM

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冬の森のなかで
カモシカと二人きり。

時が経つのを忘れる。

言葉はなくても
視線の交わる先で
何かが通じ合っているように
思えてしまうから不思議だ。

EOS5D Mark IV + EF500mm F4 L IS USM

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右手に
寒さではない痛みがあった。

ふと見ると、
カメラを持つ手から
ポタポタと血が滴って、
薄く積もった雪の上に
赤い斑点が散りばめられている。

斜面を登ってくる途中で
指先にイバラの棘を
引っ掛けてしまったらしい。

でも、そんな些細な怪我のことは
もうどうでもいい。

カモシカありがとう。
山の神様ありがとう。
写真の神様ありがとう。

心の中は
そういう気持ちで一杯だった。

それが12月30日のことだ。




年明け、1月1日。

あのカモシカへの想いは
冷めやらず、
なんとかもう一度会えないか、と
山に向かう。

ダメ元だという諦めと、
もしかしたらというざわめきとが
半分半分でせめぎ合う。

はやる気持ちで
30日に出会った場所を覗く。

いた。

同じカモシカが
またそこにいた。

EOS5D Mark IV + EF500mm F4 L IS USM

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カモシカが不思議なのは
人間を過度に恐れないことだ。

人間の気配や匂いのする場所も
あまり気にすることがない。

事実、数日前に私が歩き回った場所を
このカモシカは
平気で闊歩している。

カモシカは
山中で人間と出会っても
小心者のニホンジカのように
一目散に逃げ出したりしない。

4本の脚で
がっしりと大地に立ち、
人間を両目でじっと見据える。

かつてはそういうカモシカの習性が仇となって、
毛皮素材として乱獲され、
著しく個体数が減少した時期があった。

でも今は
国の特別天然記念物に指定され、
昔に比べると
平穏な日々を暮らしているのかもしれない。

とは言っても、
厳しい自然の中で
生命を繋いでいく苦労は
何も変わってはいないのだが。

EOS5D Mark IV + EF500mm F4 L IS USM

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この日、また一つ
新たな発見があった。

こんなに近くで撮影ができるのだから、
ここはひとつ、
動画を撮影してやろう。

そう思った私は、
上着のポケットからスマホを取り出して
カモシカの方にかざした。

すると、
それまでリラックスしていたカモシカが、
突然後ろに飛び退いたと思ったら
猛速で森の奥へと走り出した。

やってしまった。
逃げられた。
驚かせてしまった。

私はその時、
後悔すると同時に、
カモシカの観察力に驚いた。

カモシカは
ただ人間との距離を測って
逃げる準備をしているだけではない。

人間が何をしているのか、
それが見慣れた動作なのか、
初めての動作なのか、
そういうことまで
彼らはしっかり観察した上で
反応しているのだ。

さらに驚いたことがある。

カモシカは
森の奥へ逃げ去るかと思いきや、
数メートル走ると立ち止まり
こちらを向いて
再び私の様子を窺い始めた。

恐怖におののいて
逃げ出したわけではなかったのだ。
そのカモシカは、
私との安全な距離を保ちつつ、
さらに私を観察しようとしている。

それは明らかなる好奇心だった。

自分の身の安全と天秤にかけるくらい
彼らの好奇心は強いのだ。

これは大きな発見だった。

そうやってまた
カモシカと二人きり、
森のなかで
しばし見つめ合う。

こちらの様子を窺うニホンカモシカ
EOS5D Mark IV + EF500mm F4 L IS USM

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言葉は通じないけれど、
お互いに
なんか変な生きものだな
と思っていることは確かだ。

お互いに個別の生物として
認識できているのだから
もうそれは
立派なコミュニケーションだ。

そう思うと
またこのカモシカのことが
愛おしくてたまらなくなってしまう。

EOS5D Mark IV + EF500mm F4 L IS USM + EXTENDER EF2×III

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ひとしきり写真を撮って
私が一息つくと
カモシカはなにかを察したのか、
「もう十分撮っただろ」とでも
言いたげな感じで私に背を向けて、
ゆっくりと木々の奥に歩き出す。

私はそれを
少し淋しい気持ちで見送る。

EOS5D Mark IV + EF70-200mm F2.8L IS II USM

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ありがとう。

また会えて
本当によかった。

ほんの僅かだけれど、
かけがえのない時間だった。

どうかまた、
その美しい姿を見せて欲しい。

これからが、
もっと厳しい冬。

どうか元気で。






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