ハミダシ写真と文 2019年11月

11月30日 毎月月末はメシ撮りの日

 というわけで、恒例のメシ撮りをアップします。

→ メシを撮ること2019年10月と11月

 先月はネット不通でアップできなかったので、2か月分をまとめてアップします。
 料理写真自体も難しいんだけど、撮ってるうちにメニューがローテーションしてきて、撮るものがなくなってくるという苦難も。

 今月もなんとか終了です。
 今月の総括としては「インターネットがないと本当に困る」でした。
 明日から師走です。

 


11月29日 新しい記事を投稿しました

→ JAXA臼田宇宙空間観測所― 64mパラボラアンテナと新型54mアンテナを撮る

 昨日は久々に寝落ちしてしまって更新できませんでした。
 今日の記事は、昔撮ったものに最近撮った写真を追加した上で、再現像、文章も全てリニューアルしたものです。
 長野県の誇る知られざる巨大建造物をお楽しみください。

 


11月27日 新しい記事(過去記事リニューアル版)を公開しました

  インターネット不通期間にコツコツやっていた、過去記事リニューアル版のアップを開始します。
  全て再選定・再現像して高画質化してますので、過去に掲載したものとは別物です。
  撮影年や季節はバラバラですがご容赦ください。
  懐かしいような、恥ずかしいような・・・

→  ダチョウに会いに行く

→  大王わさび農場の茶トラ猫

→  かすかな春の気配

→  シマヘビはキレイな目をしている。

→  ダルマ、天に還る

→  富士見高原スキー場「ゆりの里」(現・花の里)

 


11月26日 芦田愛菜の凄さ
EOS5D Mark II + EF85mm F1.8 USM

 NHKーFMで放送しているラジオドラマ番組『FMシアター』が久々にとても良かった。
 車を運転しながら聞いていたのだが、危うく目の前が視界不良になるところだった。

 ラジオドラマ『エンディング・カット』は、佐藤隆太が演じる父、広末涼子の演じる母、そして芦田愛菜の演じる一人娘による家族の物語だ。
 出演者全てがとても良かった中で、特に芦田愛菜の演技が素晴らしかった。
 感情の乗せ方や共演者との掛け合い、声だけの演技でここまでできるのか、と思う。
 本当に君は15歳(収録時は14歳)なのか。
 そう思わずにはいられない。

 物語は、人の命をテーマにしたちょっと重めの内容だ。
 こういう類の話は最近多いが、演者に技量がないとなんとも嘘くさく浮ついた芝居になってしまうことが多くて困ってしまう。だが、この『エンディング・カット』では杞憂である。
 久々に心に刻まれるラジオドラマを聞かせてもらった。

 若い頃は「才能ある年下」というものを、どうも真っ直ぐに受け止めることができず、どこか腹の中で「なんだこのやろう」と思っていたが、最近はどんなに年下でも、「凄い人は凄い」と畏敬の念すら抱くようになった。
 畏敬の対象になるのは、「魂のデカさ」としか言いようのないもので、年上とか年下とかは全く関係ない。もうその人の才能とか度量とか精神性とか、すべてをひっくるめたものだ。
 芦田愛菜からは、なんだかそういう魂のデカさを感じるのだ。
 実年齢は15歳なのだけれど、多分私よりも随分と先輩なのではないか。

 久々に写真と関係のない話をしてしまったが、FMシアター『エンディング・カット』は「NHKらじるらじる」で、12月2日(月)まで聴くことができるので、未聴の方にはぜひオススメしたい。

→ NHKラジオ らじる★らじる(聞き逃し) 『FMシアター』「エンディング・カット」

 


11月25日 続・三脚で場所を取る人
EOS5D Mark II + EF50mm F1.2L USM

 とあるイベントで、毎年目にする光景がある。
 年配のカメラマン数人が、いち早くやってきて最前列に三脚を据えて陣取る。
 場所を取っても、写真を撮るわけではない。
 三脚にカメラを据えたまま、ただ仲間同士で談笑している。
 そうするうちに、他の観客やカメラマンがやってくる。
 当然、場所取りの三脚に邪魔されて、誰も最前列に出ることはできない。
 三脚の主はといえば、べらべらとお喋りに夢中になって、皆が迷惑していることを気にもとめない。
 そこを自分の土地だとでも思っているのか、どれだけ背後に人垣ができても、頑として動こうとはしない。

 こんな光景も目にした。 
 冬の夜に行われる、ある宿場町のイベントでは、暗い路地を大勢の観光客が往来する。
 そんな薄暗くて足元もよく見えない道の真ん中で、三脚を立てて場所取りをしているカメラマンが大勢いる。
 三脚の黒い脚は暗がりに溶け込む。
 観光客の幾人かが、三脚に足を取られて転びそうになる。
 三脚の主は、謝るどころか「もっと気をつけて歩け」とでもいわん顔で観光客を睨んでいる。
 そして、道の真ん中に陣取ったまま、てこでも動かない。
 
 三脚を使う人は、「良い写真を撮りたい」という情熱に溢れる人である。
 重たく大きい三脚を遠くまで持ち運びして、一枚一枚、丁寧に写真を撮る。
 それは素晴らしいことで、尊敬している。
 しかし、三脚で場所取りする人は素晴らしくもなんともない。
 彼らは自分の写欲には忠実なくせに、他のカメラマンや観客の思いには全く無頓着か無視を決め込む。
 自分さえ撮影できれば人が撮れなくても構わない。そういうスタンスの持ち主だ。

 今、全国で「三脚使用禁止」の観光地が増えている。
 横暴な三脚カメラマンにとっては自業自得だが、善良で無害な多くのカメラマンが、その煽りを食って泣きを見ている。

 「自分本意な場所取りはやめましょう」
 「三脚はマナーとルールを守って正しく使いましょう」
 こんな子供に言って聞かせるようなレベルの常識を理解できないほどの頭脳だとしたら、彼らの撮る写真の内容には期待すべくもない。

 


11月24日 修理ふたたび
EOS5D Mark III + EF70-200mm F2.8L IS II USM

 夏の70-200ミリの故障に続き、今度はカメラのボディが故障した。
 ダメになったのはシャッターで、2000分の1秒以上の高速シャッターを切ると、画像の隅に露光ムラが出るのだ。
 実際の画像がこれである。

→ 不具合画像(雲ひとつない青空をデフォーカス状態で撮影 SS1/8000)

 この症状からして十中八九、「シャッターバウンド(またはシャッタージャンプ)」という不具合だろうと思う。
 これは、露光が終わってシャッター幕(後幕)が閉じる時、幕が終端でピタッと止まらなくてはならないのに、勢い余って幕が跳ね返ってしまうことで起こる。
 幕の跳ね返りでできたわずかな隙間から光が入って、そこだけ余分に露光され、画像に明るい帯が出てしまうのだ。

 実は小松基地航空祭の時から、この症状は出ていた。
 むしろこの故障が発覚したのは航空祭があったからだった。
 2000分の1を超えるような高速シャッターは通常使わない。
 だが航空祭は望遠を手持ちで振り回すのでシャッタースピードを速くせざるを得ないのだ。

 航空祭で撮ってきた写真の大半、それも高速で撮った写真のほぼ全てに光の帯が写り込んでいて愕然とした。
 この露光ムラでボツになった写真は数知れず、OKショットの多くもトリミングは必至だった。

 悩ましいのは、高速シャッターさえ使わなければなんら問題なく撮影できる、という点にある。
 だから、修理に出すべきかどうかかなり悩んだ。
 でも、どういう局面で速いSSを使う必要に迫られるかは分からないし、速いSSを使えば、画像にトラブルが起こることはほぼ間違いない。
 そういう潜在的な不安を抱えながら撮影を続けるのも精神衛生上良くないので、絶対に失敗できない氷彫刻の撮影前に修理に出すことにした。

 Mark IVの修理中は、すでに隠居している先代のMark IIIを復帰させることにした。こういう事があるので、引退した旧型をおいそれと売却できない。
 先代は引退間近になって接触が悪くなったのか、レリーズボタンの反応がかなり怪しくなっていたのだが、久々に戦線に復帰させたら、その不具合もなぜか解消していた。
 先代も老体にむち打ちつつ、戦線復帰に張り切っているのだろう。

 本当に、最近は機材関係で心がときめかない。
 新製品が出るたびに胸踊らせていたあの頃が懐かしい。
 今はとにかく、現行機材がちゃんと動いてくれればそれでいい。

 夢のない話である。
 

 


11月23日 新しい記事を投稿しました

→ 本間美術館陰影

 


11月22日 三脚で場所を取る人
EOS5D Mark III + EF70-200mm F2.8L IS II USM

  三脚で場所取りして写真を撮るという行為が昔からどうしても好きになれない。
  長野県内にはそういう撮影ポイントがかなりあって、時期になると三脚の長い列がひしめき合う。
  ただ、私はそういう場所取り合戦が嫌いで自分からはそのポイントに足を運ぶことがないから、そんな場所取り合戦についていつも人づてに聞いて辟易するばかりだ。

  そもそも、その三脚の列の中に「自分で開拓したポイントで、以来ずっと通っている」という人がどれほどいるのだろうか。
  おそらくかなりのカメラマンが、そのポイントで撮った誰かの写真に感化されて、「自分もこんな写真を」と考えそこを訪れているはずだ。
  そして誰かの写真の構図どおりに三脚を立てカメラを据え付けて、誰かに場所を奪われないようにして、撮影のタイミングをただ待っている。
  被写体を前にしながら、彼らは頭の中で誰かが撮った写真のことを考えている。

  そこにはカメラマンとして大切な「被写体を自分の目で見て、感じて、考えてシャッターを切る」という姿勢が欠落しているし、「人とは違った新しい視点や価値観を見つける」という探究心にも欠けている。
  そういう撮影方法で撮った写真にどのような価値があるのか、私にはいまいちわからない。

 「定番の撮影ポイントで場所取りして定番の写真を撮る」。
  好きなら自由にやればいいと思うが、カメラマンとして彼らから学ぶべきものはあまりないように思っている。

  それ以上に、三脚場所取りについては弊害を感じることが多いのだが、その話についてはまた別の機会に。

 


11月21日 新しい記事を投稿しました

→ 小松基地航空祭2019【ブルーインパルス】

 これでようやく小松基地航空祭の記事は終了です。
 やっと肩の荷が下りた感じ。
 さあ、次の記事に取り掛かろう。

 


11月20日 新しい記事を投稿しました

→ 小松基地航空祭2019【飛行教導群機動飛行&大編隊飛行】前編・後編

 ようやく小松基地航空祭の残りをアップできました。
 あとはブルーインパルスのみ。
 これが終らないと、逆に何も始められない気がする。

 


11月19日 再開
EOS5D Mark II + EF16-35mm F2.8L II USM

 ようやくネットが開通した。
 当初はちょっとの我慢だからと思って、工事業者の「いま工事日程が立て込んでいまして」という弁明に甘んじていたのだが、ネットが不通だったこのひと月のダメージは予想をはるかに超えていた。
 ブログという写真の「出力」を制限されると、撮影という「入力」も立ち行かなくなる。
 そういう状況で、過去写真の再セレクトと現像を続けていたら、精神的にかなり追い詰められてしまった。
 この秋は、写真的にはかなり痛い秋だったと言わざるを得ない。

 やはりインターネットはPCを基盤に発展してきたメディアで、新規参入のスマホやタブレットにはいまだ最適化途上であるということを肌で感じた。

 このひと月にアップロードできなかった写真が山積している。
 ようやく、通常運行に復帰する。

 


11月18日 南風が吹く
EOS5D + EF135mm F2L USM

 朝から強い風が吹いて、枯葉を紙吹雪みたいに空へと舞い上げている。
 外に出てみたら、ぬるま湯みたいな南風が木々を揺さぶっていた。木枯らしではなく、春一番みたいな風だと思った。

 西から雨雲が近づいている。今夜は雨になるだろう。

 


11月17日 秋よ行くな
EOS5D Mark II + EF24-70mm F2.8L USM

 心ざわめく春と違って、秋は心踊る季節なのだが、今年は公私ともども慌ただしくて、辺りを見回せばもう晩秋で季節は冬に向かっている。そのことに気づいたら気持ちの底がしんみりしてしまった。

 まだ秋に心残りが多すぎる。

 


11月16日 風呂の中から
EOS5D + EF300mm F4 L IS USM

 スマホをジップロックに入れてきっちり封をすると、完全防水加工のスマホになる。便利なことに、ジップロック越しに完璧に操作できる。

 というわけで、現在湯船の中から更新している。

 入浴剤は「熊本 黒川の湯」。乳白緑色でい草の香り、という代物なのだが、もう温泉がコンセプトなのか、はたまた青汁的な健康効果を狙ったものなのかよくわからない。

 とはいえ、温泉の素にリアルな温泉フレーバーを付加すると、いろいろ不都合がありそうなことは容易に想像できる。
 写真についてはよくわからないが、温泉の素におけるリアリズム「絶対非演出の絶対温泉の素」はおそらく成立しないのである。

 やばい、のぼせてきた。

 


11月15日 霧海
EOS5D Mark II + EF24-70mm F2.8L USM

 秋から冬にかけてのごく短い間、条件が整うと安曇野は霧の海の底に沈む。

 太古の昔、安曇の平は大きな湖だったという伝説が残されているが、それを彷彿とさせる光景だ。

 


11月14日 ネット依存ではなく
EOS5D Mark II + EF500mm F4 L IS USM

 PCでインターネットが繋がらないので、なんだか情緒不安定というか、もしやこれはいわゆる「ネット依存症」というものではないか、と一瞬戦慄したが、よく考えたらスマホでネットには繋がっているので、このストレスの元凶は違うところにありそうだ。

 私は人の撮った写真をネットで見るのが好きなのだが、とにかくスマホの画面は小さすぎる。目一杯拡大すると、虫眼鏡で見てるみたいになってしまう。

 写真はでかいに限る。でかい画面ででかい写真を見たい。そういうストレスなのだ。でかくて綺麗な写真をスマホの小さい画面で見るのはもううんざりだ。

 でかい写真で思い出したが、数十万円の一眼レフを持ちながら、ブログに切手みたいな小さいサイズで写真を公開してる人がいるが、あれは一体どういうことなのか。

 もったいないにも程がある。

 


11月13日 鉄塔と北斗七星
EOS5D Mark II + EF35mm F1.4L USM

 昨日、部屋のカーテンを開けて窓越しにお月見をした。
 明るい満月だった。
 途中、ド派手な青い閃光をまとった火球(デラックス版流れ星)を見た。
 願い事をするのに十分なほど長い間炎の尾を曳いていたが、ただただ驚くばかりで、我に返った時には消えていた。
 こたつに身体半分潜ったまま月の光に照らされていたら、いつしか眠ってしまっていた。
 起きると夜半近く、月は天高く、もう窓からは見えなくなっていた。
 満月の夜特有の、濃紺を溶かした墨色の空がどこまでも広がっていた。

 


11月12日 包丁を研ぐ
EOS7D + EF500mm F4 L IS USM

 最近忙しくて、しばらく包丁を手入れしておらず、切れ味が鈍ってきたので本腰を入れて研ぐことにした。
 3本の包丁をそれぞれ粒度の違う4本の砥石を使って研いでいくので、相当疲れるが切れ味のためには仕方ない。
 3本のうち1本は私が学生の頃に買ったもので、もう20余年、研ぎながら使っている。
 最初にちゃんとした包丁を買っておけば、こうやって長く使えるのだから、包丁はしっかりとした作りの(高級でなくてもいい)ものを選んだ方がいいと思う。

 砥石はうちの親父が相当な砥石マニアなので、合成・天然織り交ぜていろんな砥石を使わせて貰っている。
 砥石も使えば減っていくとはいえ、長く使えるものなので、これも包丁と同じくしっかりとしたものを選んだ方がいい。

 問題は研ぎ方なのだが、これは自分で試行錯誤するしかない。
 良く研げたと悦に入っていても、ちょっと研ぎ方を変えただけでさらに切れ味が良くなったりする。
 また、ただ切れればいいというものではなく、よく切れてなおかつ「使いやすく」研げていなくてはならない。
 だから何度も試行錯誤するしかないのだ。

 カメラと写真の関係と同じなのかもしれない。

 


11月11日 夕焼けの空を行く
EOS5D + EF300mm F4 L IS USM

 最近慌ただしく、全然撮影に行けない。ネットも繋がらず、写真も撮れず、精神的に結構きつい。

 


11月10日 鉄を熱いうちに打たない
EOS5D + EF180mm F3.5L Macro USM

  物事に感動したり魂が揺さぶられるような体験をした時こそ、その体験談を誰かに向けて出力する前に、ある程度の時間をかけた方がいいと思っている。
 物事に感銘を受けた直後というのは、心のエネルギーが高まってはいるのだが、感動の中に雑多な要素がまだまだ多く残っていて純度が低い、すなわち「何に心動かされたのか」が曖昧だったりするのだ。
 この状態で他者に向け出力してしまうと、純度が低いまま心のエネルギーが発散されて霧消してしまう。だから、人に話す前に「感動を純化」して揺らがない体験とする過程が必要なのだ。
 写真を撮った時もそうで、何かに突き動かされるようにして撮ったら、一旦冷静になって、感動を純化した上で写真を見直すのがいいと思う。
 鉄は熱いうちに打ちたくなるが、常に熱いうちに打てばいいとも限らない。
 その辺のさじ加減が難しい。

 写真は昔撮った紅葉の山。
 撮った時はカモシカの存在に気付かず、帰宅してから驚いた。
 当時はファインダーを覗いていただけで、「見えて」いなかったのがよくわかる。

 


11月9日 カラスの学校
EOS7D + EF300mm F2.8 L IS USM

 11日の投稿を見たうちの親父が、「いやぁ、スズメの学校ってのは本当にあるな」と言いつつ、庭に来るスズメの集団のことを面白そうに語っていたのだが、終始「スズメの学校って何だ」という疑問が頭の中を渦巻いた。

 ちなみに、スズメは「お宿」で学校は「メダカ」である。
 混ぜるな危険。

 スズメの学校は未知の教育機関だが、カラスの学校は多分ある。
 夕方になると夥しいカラスが一箇所に集合して、一日の情報交換をしている。
 この後群は解散して、別の場所にある寝ぐらへと帰る。
 だからここはカラスにとって学校みたいなものだ。

 今日の写真はそんな一枚。

 


11月8日 紫山遠望
EOS5D + EF300mm F4 L IS USM

 山の上に立つと、浮世のすべては遠く小さく、現実の束縛は希薄になる。

 山は、海とは違った安らぎがある。

 


11月7日 ブログランキングサイト
EOS5D Mark II + EF500mm F4 L IS USM

「日本ブログ村」とか「人気ブログランキング」とかのブログランキングサイトが好きではない。
 今まで自分で登録してみたり、良いブログを探すために使ってみたりしたが、役に立ったためしがなかった。
 それどころか、ランキングの上位に表示されるブログにピンと来るものがほとんどないことにいつも驚く。

 どうしてこういうことになるのか、理由は分かっている。
 それは、これらのランキングが閲覧者による「投票」に根ざしたものだからだ。
 閲覧者がランキングのリンクをクリックしてブログに飛んだ回数と、ブログに設置したリンクからランキングサイトに戻ってきた数が多い順にで順位が決まるのだ。
 ブログの内容というよりは、集票が肝心なのである。

 その集票であるところの「クリックお願いします」「ポチッとお願いします」を見ると気が滅入ってしまう。
 選挙ご苦労様、と思うのと同時に、選挙カーの馬鹿でか絶叫が思い起こされて仕方がない。いざそのリンクをクリックしようものなら、見たくもないランキングサイトに飛ばされる。これもげんなりする。

 その一方で、本気で内容勝負している良質なブログはランキングなど気にしていないようで、ランキングにエントリーすらしていないものが多い。それがまた、ランキングサイトの虚しさに拍車をかけている気がする。

 いろいろ書いたが、写真ブログを見ていてランキングの投票依頼が目に入ると、私の中でそのブログの価値が大きく損なわれるので悲しいのである。

 


11月6日 先覚
EOS5D Mark II + EF500mm F4 L IS USM

 写真の技術はいくらでも真似できる。だが、被写体に向ける眼差し、いわゆる被写体との向き合い方はなかなか真似することは難しい。
 今日、そんな眼差しを持った私の写真の大先輩と久々に話す機会を得て、有意義な時を過ごした。

 初めてその人の写真を見た時、その被写体への優しい眼差しに心打たれた。
 こんなにも撮り手の人柄が伝わる写真があるのかと驚いた。
 その人と実際に会ってみたら、まさに写真から受ける印象そのままの人柄で感動した記憶がある。

 いつか自分も、こんな人柄の滲むような写真を撮りたいと思った。
 そして今でも、写真の方向性に迷った時は、その人のブログを何度も見に行く。
 そうすることで、写真を始めた頃の自分に戻れる気がするからだ。

 そんな先輩というと、最近は撮影現場でくたびれるシーンに遭遇したり、もうひとつのライフワークである筋トレが忙しいこともあって、そんなに撮影には行ってないという。

 なので私は再三再四、是非撮影に行って欲しいと念を押しておいた。
 撮らなければ、その才能が勿体ない。

 あの人に撮られるのを待っている被写体が、まだまだ沢山あるのは間違いない。

 


11月5日 お得な人生
EOS5D Mark II + EF180mm F3.5L Macro USM

 写真をやっていると、実は普段は見落としているだけで、この世界は驚くほど多くの美しいものに溢れていることに気づく。

 美しいものを美しいと思える。
 それはお得な人生だ。

 


11月4日 もしも
EOS5D Mark II + EF50mm F1.2L USM

 もしも、私がいろいろ回り道をしないで、もっと若い時から写真の道に入っていたら、今目の前にどんな景色が広がっていただろうか、と時折考えることがある。
 あの時無駄にしたお金とか時間とか、それらを全部写真のために使っていたら、今自分は何を手にしていただろうか、と考える。

 だが実際には、「もしも」など存在しないことはわかっている。
 有意義なことも無駄なことも、あらゆる因果が複雑に絡みあった結果として、自分は今ここにいる。

 いくつもの分岐点を辿ってきたような気がしても、振り返ればそこに一本の道があるばかりだ。

 


11月3日 構図とは料理本の分量表示みたいなもの
EOS5D Mark II + EF50mm F1.2L USM

「写真  構図」みたいなワードで検索すると、構図の重要性を説くページが大量にヒットする。「構図を使えば写真が劇的に良くなる」とか「初心者が身につけておくべき構図10選」とか。
 ここで重要性が説かれる類型的な構図はいわば、料理本に書いてある「基本の分量」と同じで、これだけの分量で味付けすれば、誰にとっても「とりあえず美味しい」肉じゃがが作れますよ、という最大公約数的なレシピなのだ。

 構図を適切に使えば「とりあえずは誰の目にも破綻して見えない」程度の写真になりますよ、という程度の話だ。
 それを魔法の必殺技みたいに捉えて、「構図を身につければプロ級の写真」みたいに豪語するのはおかしい。

 いつまでも料理本片手に台所に立っていても、本当の料理人にはなれない。

 自分らしい写真は、類型的な構図を超えた先にあると思っている。

 


11月2日  労働と飲食
EOS7D + EF500mm F4 L IS USM

 今日は丸一日、野良仕事に明け暮れて、身体がバラバラになるくらい疲れた。
 でもこういう日は気分がスカッとするし、なにより酒が旨い。
 「働かざる者食うべからず」の真意は、酒とメシを美味しく味わうための方法論だと確信した。

 


 

11月1日 カラス
EOS5D Mark II + EF135mm F2L USM

 昔の画像を漁っていたら、やたらとカラスにレンズを向けていることに気づいた。
 特に好きな鳥というわけではないのだが、潜在意識でかなり気になっているらしく、近くにいると無意識に撮ってしまうらしい。
 カラスは憎たらしいことも多いが、頭が良くて、不思議な魅力を持った鳥だと思う。

 


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