日々の写真 2020年5月

5月26日 今更ながら
EOS5D + EF135mm F2L USM

 地元に居住しているけど県外ナンバーの車に乗っている人が、自粛警察からの嫌がらせを回避するために「地元の○○市に居住しています。地元民です」みたいなステッカーを車に貼っていることがある。
 嫌がらせは卑劣な行為だし許されるべきではないが、ちょっと引っかかることがある。

 嫌がらせを回避したい気持ちも分かるけれど、それ以前に「なんで車検証の住所変更しないの?」って思う。
 引っ越し後まもなくコロナ禍で手続き不能、という人もいるだろうが、大半は「面倒くさいから」という理由で長期に渡ってナンバー変更をしていない人がほとんどだろう。
 住所を変更したら15日以内に車検証の住所を変更(に伴ってナンバーも変更)せよ、って道路運送車両法に定められている。
 嫌がらせ云々の前に、住所が変わっているのにナンバー変更しないのがそもそも悪いんでしょ、と思ってしまう。

 ニュースを見ていると、「嫌がらせ防止のためのグッドアイディアです」みたいに称賛しきりだったけれど、住所変更した場合は車検証の記載事項変更(とナンバー変更)を行ってください、と注意喚起するニュースは見たことがない。
 情緒に流された、非誠実な報道だと思う。

 マスコミはバイアスのかかった独りよがりな正義感で物事を断罪する前に、本当に必要なことを皆に知らせることに専念してほしい。 

 


5月25日 フレアとゴースト
EOS5D Mark IV + ?

 まことに盛大。

 


5月24日 光子さん
EOS5D Mark IV + EF135mm F2L USM

 善光寺境内のどこかにいるホルスタイン牛。
 その名は光子さん。


5月23日 久々のレンズ導入(予定)
EOS5D Mark II + EF70-200mm F2.8L IS II USM

 最後に買ったレンズは確かマクロプラナーだったが、もう何年前のことだか忘れてしまった。

 あらかたの焦点距離を網羅してしまったことでレンズ欲はめっきり減退してしまっていたし、忘れた頃に繰り返しやってくる、故障した既存レンズの修理に出費を強いられて、最近では新しいレンズを買うどころではなかった。

 私はどちらかというと記録屋寄りの撮り方なので、ハッキリクッキリ写したい場合が多いのだけれど、それでも時折、馬鹿みたいに情緒的に撮りたくなる衝動に駆られることがある。

 気分に任せて絞りを開けたり、フィルターをかけたりしてみるが、元々ハッキリクッキリ用のレンズなので、馬鹿になりきれない部分がどうしても残る。

 だから今回、そういうハッキリクッキリの逆を行くレンズを導入してみようと思った。

 慶應義塾創立者一人分程度の出費なので、試してみる価値はあると思う。

 さて、どうなるか。

 


5月22日 新しい記事をアップしました


→ 光弾性の万華鏡2 ― クロスニコル(直交ニコル)の虹

 透明なものに色がついて見えるというのは、何度見ても不思議。
 理屈はなんとなく理解しているんだけど、やっぱり不思議。

 


5月21日 クロスニコルを撮影
EOS5D Mark IV + EF100mm F2.8L Macro IS USM + C-PL

 久々にクロスニコルの撮影をしてみた。
 前回の「光弾性の万華鏡(クロスニコルの虹)」では実験的要素が強かったので、今回はもうちょっと芸術点を上げられるよう頑張った。
 クロスニコルは撮って出しよりも、後からちゃんと調整したほうが塩梅が良いので、明日まとめてアップしたいと思う。
 おそらく30枚程度になる予定。

 


5月20日 ハト
EOS5D + EF300mm F4 L IS USM

 数多いる鳥の中でも、本当に気楽に生きているという気がする。
 おそらく、とても要領がいい。

 


5月19日 素敵な文を書く人
EOS5D Mark IV + EF85mm F1.8 USM

 ネットを日々巡っていると時折、ハッとするほど素敵な文章を書く人を見つけて、ついつい繰り返し読んでしまう。

 その人の文は、言葉を選んで緻密に編み上げていくようなものではなくて、心の端っこにふわっと思い浮かんだことを、押し付けがましくなくさりげなく、自然な言葉でリズムよく並べて語る。

 イメージとしては、海岸の波打ち際に綺麗な小石を並べていく感じか。

 小石を並べている本人は、ただ並べたいから並べてる、という感じで、その小石の列が波にさらわれてしまっても構わないよ、という気負いのなさなのだが、その小石の列を偶然目にした私のような通りすがりが、その綺麗な小石の並びをなんとも愛おしく思い、並べた人のことを想像し、願わくば大波が来ないことをそっと祈りたくなってしまうような、そんな文なのだ。

 私もそんなさりげない文をいつか書いてみたい。

 頭を抱えて書いては消し書いては消し、結局凡庸な文しか書けない苦しみから解放されたい。

 多分、無理なんだろうけど。

 


5月18日 新しい記事(シリーズもの)をアップしました


→ 平田浩一 肥田野雄紀 氷彫刻『イルカ』【1】~【6】

 7年越しの懸案事項をついにリライトし終えました。
 これで2011年から今年までの氷彫刻の記事はコンプです。

 写真を一から選定していて、この年の氷像も素晴らしい出来栄えだったと改めて感じました。

 今年の氷彫刻、夏の大会はすでに中止が決定しています。
 冬の大会はなんとか開催できると良いのですが・・・

 この10年で、氷彫刻を撮影しないと1年が始まらない気がする体質になってしまいました。

 


5月16日 氷彫刻の記事
EOS5D Mark II + EF300mm F2.8 L IS USM

 諸事情でお蔵入りになっていた2013年の氷彫フェスの記事の大改訂作業が、あともうちょっと、という段階に来ている。

 7年前の自分に対しては反省しかないのだが、氷彫刻の出来としては、お蔵入りにするにはあまりにもったいないほど完成度の高さが光っている。

 公開後は、ひとりでも多くの人にこの氷像をみてもらえると嬉しい。

 あともう少し頑張ろう。

 


5月15日 新しい記事をアップしました


→ 新緑

 久々に屋外で撮影してきました。
 宣言解除とはいえ特段状況が変わったわけではなく、雑踏の中に繰り出すのは気が引けたので山奥へと向かいました。
 緑が目に眩しかったです。

 人間の都合には関係なく、季節はいつもどおり巡っているのだと思いました。

 


5月14日 特別給付金の通知が来た
EOS5D + EF300mm F4L IS USM

 我が家にもついに届いた。
 封書に入っていた申請書類を見ていたら、「特別給付金を希望しない方はこの欄にチェックを入れてください」という項目があった。
 それは違うだろう、と思った。
 この項目をひとつ加えるだけで、「本当に困っていない人は受け取るな」という含みが生まれるし、これによって給付金を申請することに気後れが生じる人だっているだろう。
 私は、なんか嫌だなぁと思った。

 この給付金は、現に生活が逼迫している人を支援するだけでなく、停滞した経済活動を刺激するという重要な役割を担っている。
 だから、「要らない人は受け取らなくていいです」というのではなく、「要らない人は、給付金を受け取ったら貯金せずに、直ちに経営が逼迫している店舗または業者を利用して、代金として1円残らず使ってください」というのが正しい。

 給付金が助けるのは受給者だけではなく、この経済が停滞した社会全体なのだ。

 給付を辞退することは美徳ではない。
 受け取って、貯金せず、速やかに正しく使うことが日本を立て直すことに繋がると思っている。
 

 


5月13日 催眠性野良仕事
EOS5D Mark II + EF135mm F2L USM

 また寝落ちしてしまって、後から書いている。
 小一時間の野良仕事が、なぜか身体的に多大なる影響を与えるらしい。
 夕飯前にちょこっと野良仕事をして、ひとっ風呂浴びて、夕飯を食べながらちびちび飲むと、普通では考えられないほどの睡魔が襲ってくる。
 必死に抗うのだけれど、結局そのまま寝てしまうのだ。

 おそらく、昨日掘り返した土壌の中に、尋常ではない睡眠性の物質が含有されていたのだろう。

 その睡眠性の物質には副作用もあるようで、なんだか異様に酒が美味く感じるのだ。

 野良仕事は危険である。 

 


5月12日 阿佐ヶ谷姉妹
EOS5D Mark IV + EF135mm F2L USM

 お笑いコンビ阿佐ヶ谷姉妹の片方について誰かと話をする時には、どちらが江里子さん(姉)で、どちらが美穂さん(妹)かを互いに正確に認識していなければ、会話が成立しないことに気づいた。

 双子でもななければ、そもそも血縁関係にもないこの二人の判別が極めて難しい。
 この情報化社会の中にあって、いまだに技術が阿佐ヶ谷姉妹に追いついていない。

 どうでもいい話をしてしまった。

 


5月11日 「日々の写真」について
EOS5D Mark IV + EF70-200mm F2.8L IS II USM

 この「日々の写真」に掲載してある写真はリアルタイムなものはほとんどなくて、約10年前から最近に至るまでのバラ写真を、その日の気分に応じてほぼランダムに載せるようにしている。

 そのほとんどが、他の写真と組にすることができず、なおかつなんとなく気になって捨てるに捨てられなかった「一匹狼」な写真ばかりだ。

 そういう写真を供養するつもりで始めた企画だったが、まさかのコロナ禍で思わぬ恩恵を受けることになった。
 外出自粛の世の中にあって、こうやって毎日違う写真をアップできるのは、こういう写真を迷いつつも捨てずにとっておいたからにほかならない。
 断捨離が苦手で、知らぬ間に身の回りが不要物で溢れてくる私ではあるが、この写真についてだけは「よくぞ捨てずにおいた」と自画自賛したい。

 10年間溜め込んだものというのは恐ろしく、もうしばらくは在庫について心配はいらない。
 とはいえ、以前のように自由に外出して、思い切り撮影できる日が戻ってくるのが待ち遠しくてたまらないのだが。

 それはさておき、このブログに引っ越してきてから、画像のファイル名を変更せずにアップロードできるようになったので、ファイル名にちょっと工夫をしてある。

 スマホの場合はちょっと見るのが面倒くさいが、パソコンのブラウザであれば、画像の上にマウスポインタを載せると、画面の下にリンク先のURLが表示される。
 この記事の上の画像だと、
「https://tamawakaba.net/wp-content/uploads/2020/05/MK4_2296-20200121-0955-168.0mm-F3.2.jpg」
となっている。

 この中の、
「MK4_2296-20200121-0955-168.0mm-F3.2.jpg」
というのが、画像のファイル名だ。

 このファイル名は、
【機種名】_【通し番号】-【撮影年月日】-【撮影時刻】-【焦点距離】-【絞り値】.【画像形式】
という法則に基づいて命名している。

 なのでこの画像の場合、
「EOS5D Mark IVで、通し番号2296、2020年1月21日9時55分、焦点距離168ミリ、絞りF3.2で撮った写真」ということになる。

 このブログは写真を見てもらう場であるのと同時に、私にとっては写真カタログとしての重要な役割がある。

 今日現在の数値でいうと、この約10年間で撮影しRAWで保存してある写真の総数が約12万枚。
 これらを撮影日と撮影地でフォルダ分けして整理しているが、このフォルダの総数も約1400個を超えている。
 だから、1枚の写真から目的のRAWファイルを探し出すためには、いちいち画像のEXIF情報を参照しなくてはならず、それがとても面倒だった。

 その面倒を省くため、画像をアップロードする前にファイル名を加工してしまおうと思いついた。
 いちいち手動で入力せずとも、今は画像のEXIFから撮影情報を読み出してファイル名を変更してくれるソフトがあるので手間もかからない。

 もともとは自分の利便性のために始めたことだが、いちいちEXIFを覗かなくとも主要な撮影諸元を簡単に参照できるので、ブログを見る際の参考にしていただければ幸いだ。

 


5月10日 もどかしい夢
EOS5D + EF24-70mm F2.8L USM

 眠くて眠くて仕方なく、ブログを更新しないまま寝入ってしまった。

 必要以上に長時間寝ると、決まって変な夢を見る。

 私は国民宿舎的な宿に泊まっていて、楽しみにしていた温泉に入ろうと、風呂道具一式を持って大浴場の入口の前に立っている。
 入口には紺色の「男湯」の暖簾がかかっていて、私はそれを確認して中に入る。
 男湯の暖簾をくぐると、そこにはもう1枚の引き戸があって、その向こうは脱衣場になっていて、その奥からお湯がザバザバいう音がかすかに聞こえてくる。
 だがしかし、その脱衣場に入る引き戸になぜか「女湯」と書いてある。
 うわやばい間違えた、と大慌てで後退して大浴場の暖簾の文字を確認すると、やはり「男湯」と書いてある。
 あれ、じゃあ暖簾のかけ違いかと思って、誰もいないのを良いことに、女湯の暖簾のかかった入口を少し開けて様子を窺うと、女湯の脱衣場の引き戸にはやはり「女湯」と書いてあるのだ。
 つまり、脱衣場から向こうは両方女湯なのだ。
 風呂入れねえじゃねえか、と憤慨しつつ大浴場の入口に立ち尽くしていると、浴衣を着た恰幅のいいおっさんが私の横を通って男湯の暖簾をくぐり、なんの迷いもなくそのまま「女湯」と書かれた脱衣場に入っていった。
 私はそれを見て、ああそうか、今日は男も女もみんな女だ、と安心した。

 そこで目が覚めた。
 最後の納得の仕方が、全く意味不明だ。
 こういう夢を見て目が覚めると、たくさん寝たはずなのに、なぜかぐったり疲れている。 

 


5月9日 激しく怠惰で勤勉なる一日
EOS5D + EF100mm F2.8L Macro USM

 昨晩、明日は早起きしようと決意して床についたが、今朝起きてみればすでに9時近くになっていた。

 のそのそ起きて、お茶を飲んで、それから野良仕事に出た。
 そうしたらゾーンに入ったのか手が止まらなくなって、ヘトヘトになるまで作業する。
 それからお昼にカレーを食べたら、お腹いっぱいで眠くなって、そのまま3時過ぎまでうたた寝。
 それからまた、のそのそ起き出して豆を挽いてコーヒーを淹れて、夕方まで何をするともなく過ごす。
 夕方になって、「ああ夕飯どうしようか、面倒くさいね」と怠惰なムードが流れるが、こういうご時世なので気軽に外食ともいかず、結局買い出しに出て、家で作って食べる。

 時間帯によって活動の密度が違いすぎて、怠惰だったのか勤勉だったのかよくわからない。

 ただ、気づけば夜になっていたという実感だけがある。

 


5月8日 滝
EOS5D Mark II + EF70-200mm F2.8L IS II USM

 最近滝を撮っていない。

 私にとって、滝は被写体としていまだにとても難しい部類に入る。
 答えはまだ見つからないのだけれど、最初から低速シャッターで撮ることを決めて撮影に入るというのはやりたくない。

 花火と一緒で、「この被写体はこう撮るのが常識」という固定観念に縛られるのが好きではない。

 皆が流して撮っているものは、止めて撮りたくなったりする。

 天邪鬼なのだ。

 


5月7日 更新失敗
EOS5D Mark II + EF500mm F4 L IS USM

 出先でブログを更新しようと思ったのだが失敗した。

 数日前にとある事情でスマホの設定をリセットしたのだが、その過程でブログへのログイン情報までリセットされてしまったらしい。
 ログインパスワードは安全性を考慮してかなり冗長なものにしてあるので、暗記するのは難しい。
 結局、自分のブログから何度か「パスワードが違います」と警告されるだけで終わった。

 思い返せば、パスワードは外的脅威からの保護よりも、必要な時に自分がログインできないというトラブルを生じることのほうが多い気がする。

 なんのためのパスワードなのか、よくわからなくなる。

 


5月6日 知足
EOS5D Mark II + EF100mm F2.8L Macro IS USM

 連休もひとまず一区切りとなる。
 これほどまで外出しなかったGWというのも珍しい。

 例年、大型連休というのはどこに行っても混んでいて、楽しいというより大変な思いをすることのほうが多いのだけれど、それでも「せっかくの休みだから」と家に居るのを疎んじたりしていた。
 何らかの原因で家から出られなかったりすると、どことなく不機嫌になったりしたものだった。

 しかし今年は、食料品の買い出しを除いて、外出することはほぼなかった。
 連日在宅していれば、さぞ欲求不満の塊になるかと思いきや、以外にも心安らかに過ごせたのが驚きだった。
 おそらく、最初から外出することを想定していなかったのが良かったのかもしれない。
 これがいわゆる、「知足(足るを知る)」ということなのだろう。

 ただ、ひとつだけ心がけていたことがある。
 それは、「無駄にテレビを見ないこと」。
 特に、報道番組やワイドショーを生活から遠ざけることに努めた。
 必要な情報は、ネットでピンポイントに入手した。

 寝ても覚めてもコロナコロナ、同じ情報を繰り返していたずらに不安を煽るようなテレビ番組ばかりで、眺め続ければ知らぬ間に心の底がザラザラしてくるのは当然だ。
 だから、そういうテレビは極力見ないようにしていた。

 テレビを見なければ社会情勢に疎くなるかと思いきや全くそんなことはなく、むしろ心穏やかに暮らせたことに驚いた。
 テレビ、特に報道番組やワイドショーが、自分にとっていかに無益な情報を繰り返し押し付けてくる不要物であるかを実感した。

 乱暴な言い方だが、世界中の感染状況やコロナを巡るいざこざを詳しく知ったところで、自分の感染防止対策に役に立つわけではない。
 自分が外出するわけではないのに、どこそこの観光地がかつてないほど閑散としているとか、越県車両が押しかけているとか、そんな情報は全く必要がないことに気づいた。

 ひと昔ふた昔前まで、一般庶民にとって情報はメディアから「受け取るもの」だった。
 だから、メディアから流れてくるものは黙って受け取るしかなかった。
 でも今は違う。
 情報を入手するための手段にも、能動受動織り交ぜた様々な選択肢がある。
 また、得られる情報量自体も莫大になっている。

 そういう今だからこそ、自分にとって有益な情報を「得る」こと以上に、有害無益な情報を「遠ざける」ことが大切なのではないか。

 報道関係者は無意識に、時に意識的に「正義」の立場から物事を論じている。
 根本的に「自分たちは正しい」と信じている。
 「自分たちはいつも社会に役立っている」と信じている。

 だが、果たして本当にそうなのか。 
 

 


5月5日 試行錯誤という名の迷走
EOS5D Mark II + EF300mm F4 L IS USM

 昨日に引き続き、2013年の氷彫フェスの写真を選定している。
 7年も前のことなので全く忘れていたが、今回あらためて全ショットを見返していると、今では絶対に使わないような構図の写真が沢山あって困っている。

 その写真というのが「斜め写真」なのだが、具体的にはこういう写真である。

 被写体を画面いっぱいに収めたかったのか、それとも画面に動きを出したかったのか、とにかくあらゆるシーンでカメラを派手に傾けた写真が頻出する。
 斜め写真もたまには良い効果を生むこともあるが、劇薬と一緒で乱用したり用法を誤ると写真が即座に破綻する。
 写っているのは良いシーンなのに、画面全体が馬鹿みたいに傾いていて、現在の基準に照らすと使い物にならない写真がかなりある。

 タイムマシンがあったら、撮影中の自分を殴りに行きたい。
 カッコつけないで、愚直に撮ればよかった。

 


5月4日 7年前の記事をやり直す
EOS5D Mark II + EF100mm F2.8L Macro IS USM

 松本城氷彫フェスティバルでの平田浩一さん密着撮影は、2011年から欠かさず行っている。
 しかしこのブログでは、故あって2013年分の記事が抜け落ちている。

 いま冷静になって当時を振り返ると、「氷彫刻制作現場への密着撮影はどうあるべきか」について迷いながら撮影し、さらに記事の編集に至っても自問自答を繰り返していた。
 そういう度重なる自問自答も結局実を結ぶことなく、あらゆる写真をボツにしまくって、極度に軽い内容の記事にして公開してしまった。
 公開当時はそれで良いと思っていたのだが、日が経つにつれ、選んだ写真も記事の内容も至極酷いもののように思えてきて、ついには耐えかねて記事を非公開にしたのだ。

 以来ずっと、そのことが気にかかっていた。
 いつか、もう一度記事を練り直して公開したいと思っていた。
 そう思いながら幾星霜。

 ついに重い腰を上げる時がやってきた。
 コロナ禍で自宅に缶詰状態。時間は腐るほどある。

 他の写真と違って氷彫フェスティバルの写真は、技術的要因でボツとなったもの(ブレ・ボケ・構図破綻など)のほかは、全て捨てずにとってある。
 2013年の写真も、2千枚以上を当時のまま写真フォルダに残してある。

 既存の記事を再編集することも考えたが、どうせやるなら一からやり直すのが良い。
 そう思い立って、一次選定を開始した。

 二か月前に終えたはずの、苦しみの日々がもう一度やってくるのだ。

 今度は、納得のいく記事にしたい。 

 


5月3日 頑張りすぎて
EOS5D Mark II + EF300mm F2.8 L IS USM

 野良仕事を頑張りすぎて、久しぶりに足を怪我した。
 コロナ云々に関わらず、自動的に外出は自粛となった。
 とほほ。

 


5月2日 猛暑
EOS5D Mark IV + Carl Zeiss Makro Planar T* 2/50 ZE

 とにかくもう、真夏みたいに暑かったです。
 午後になって部屋の窓を開けたら、家の中よりも熱い風が吹き込んできたので、慌てて窓を閉めました。

 


5月1日 5月始まる
EOS5D + EF135mm F2L USM

 風薫る五月というより、なんだか訳がわからない状況ですが、頑張っていきまっしょい。

 


 

「日々の写真」バックナンバー

14+

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。