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こうやって写真を載せるのはどれくらいぶりだろうか。
久々すぎる作業で、投稿の手順すら忘れてしまっていて難儀している。
あまりにも時が経ちすぎた。
そもそも肩の不調でカメラを持てなくなったのが最初だったのか。
それとも知らず知らずのうちに、写真への意欲がじりじりと目減りしていったのが先だったのか。
それすらすでに思い出せないけれど、いろいろな要素が災いし合って、ずっと写真から遠ざかっていたことだけは確かだ。
「撮りたい」という思いはいつしか「撮らなければ」という切迫感に姿を変え、それすら次第に風化して、虚しさだけが残った。
生まれて初めて、「写真はもういいかな」と思った。
保管庫に入ったままの機材を、できるだけ視界の外へと追いやって過ごした。
それでも長年連れ添った写真との、楽しかった日々を時折思い出しては悲しくなった。
どうしてこうなってしまったのか。
元々、どうしようもない心の隙間を埋めるために始めた写真だったのに、気づかぬうちに写真が心の隙間を広げてしまったのかもしれない。
写真から離れて試行錯誤を繰り返しても、開いてしまった心の隙間は簡単には埋まらない。
そして皮肉にも、自分には写真を撮るくらいしか能がないことも思い知る。
気づけば最後の投稿から1年が経っていた。
言うことを聞かなかった肩と腕も、ようやくカメラを持てるくらいには回復した。
ふと、もう「わかば」ではないな、と思った。
精神的にも肉体的にも、新緑という柄ではない。
だから、名前を変えた。
丸くなくてもいい。人に踏まれる砂利くらいが丁度いい。
長年こだわってきたサイトの配色も一新した。
ブログのタイトルも変えた。
なんだか気持ちが清々した。
もしかしたら、このまま写真を辞めるかもしれない。
でも、もしかしたら続けるかもしれない。
それは自分にも分からない。
それはきっと、カメラが教えてくれるだろう。