長野県松本市 第25回 国宝松本城氷彫フェスティバル
全国氷彫コンクール(2011年1月29日~30日)
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夏目漱石『夢十夜』に仏師、運慶の話がある。
運慶は今太い眉を一寸の高さに横へ彫り抜いて、 鑿(ノミ)の歯を竪に返すや否や斜すに、上から槌を打ち下した。 堅い木を一と刻みに削って、厚い木屑が 槌の声に応じて飛んだと思ったら、小鼻のおっ開いた 怒り鼻の側面がたちまち浮き上がって来た。 (中略) 「よくああ無造作に鑿を使って、 思うような眉や鼻ができるものだな」 と自分はあんまり感心したから独言のように言った。 するとさっきの若い男が、「なに、あれは眉や鼻を鑿で作るんじゃない。 あの通りの眉や鼻が木の中に埋っているのを、 鑿と槌の力で掘り出すまでだ。 まるで土の中から石を掘り出すようなものだから けっして間違うはずはない」 と云った。 (夏目漱石『夢十夜』より抜粋」)
稀代の仏師運慶の、超絶的な腕の冴えを
見事に形容した逸話である。
今氷彫フェスタにおいて、堂々の金賞を受賞した
平田謙三・浩一父子による 『龍』。
『夢十夜』で運慶の手練を評した男が、
この夜、氷彫製作会場にいたのなら、
彼はきっと言うであろう。
「氷の中には、一頭の龍が埋まっていて、
それをノミの力で掘り出すのだ」
と。
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2011年1月29日、午後6時。
それはまだ、10個余りの氷塊に過ぎなかった。
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「平田親子」というフレーズには覚えがあった。
確か、去年の氷彫フェスタにも出場していた筈だ。
去年の作品をひと通り思い浮かべながら、
さて、平田親子はどんな作品を彫っていただろうか、
と考えるのだが、はっきりしない。
そもそも、平田親子とは何者なのか。
この会場で、平田親子チームがどこにいるのか、
実はこの時、まだ知らかったのだ。
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今回、氷彫フェスタを夜通し撮影するに当たって、
私にはある考えがあった。
それは、「氷彫が出来上がるまでの過程」を撮影すること。
特に、受賞作品について、作品とその製作者の奮闘に迫ること。
しかし、そこには立ちはだかる問題があった。
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この大会において、作品タイトルと製作者が表示されるのは、
氷彫が完成してからなのである。
つまり、予備知識がなければ、
どこで誰が何を作っているのかすら分からない。
誰が優勝しそうなのか、
そういう予想を立てることさえ不可能なのである。
そこで私は、苦肉の策に出た。
後で誰が優勝しても特集できるよう、まんべんなく撮ろう。
そう考えたのである。
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競技開始のアナウンスとともに、手探りで撮り始めた。
誰もが氷塊は扱い慣れているらしく、
まだどのチームにも顕著な違いは見当たらない。
しかし、
開始から1時間ほど経過した頃だっただろうか。
会場中ほどに、
やけに目を引く制作者がいることに気づく。
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その人は、
瓶ビールのケースを並べた作業台に
積み上げ接着された3本の氷塊を前にして、
光るノミを片手に
動物の頭部らしき物体を彫り出しにかかっていた。
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驚くべきは、
その迷いなき動作であった。
まるで事前にプログラムされた、
全自動切削マシンかのような精密さで
操られる光るノミ。
単なる矩形の物体であった氷塊が、
いま、めまぐるしいスピードで
複雑な曲線を宿す造形物に変貌しつつあった。
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さらに驚くことに、
精密さを要求される箇所の切削に
電動チェーンソーを使っている。
見ている方がヒヤヒヤするような、込み入った氷の中を
ガーガーと唸るチェーンソーの歯で何度か撫でる。
するとたちまち、白い砕氷をまき散らしながら、
氷はその姿を変えていく。
まさに、思うがままに氷を操っているのだ。
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いつの間にか、その氷塊は
龍の頭部とおぼしき物体に
姿を変えていた。
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その、鮮やかすぎる手さばきで
氷を刻みつけている彼こそ、
知る人ぞ知る、若き凄腕氷彫刻師
平田浩一
その人なのであった。
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午後8時。
気温、氷点下1.4度。
雪が降りだした。
驚くべき『龍』の全貌は、
まだ、青白い氷塊の中に
閉ざされたままである。
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~ 【2】に続く ~
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