平田謙三 平田浩一 氷彫刻『龍』【7】

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ライトアップされる『龍』。


ライトアップされる氷彫刻(平田謙三・平田浩一・氷彫刻『龍』)

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(平田謙三・平田浩一・氷彫刻『龍』)

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朝陽が『龍』に射し込んだ瞬間、
全身がギラギラと光を放つ。

(平田謙三・平田浩一・氷彫刻『龍』)

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(平田謙三・平田浩一・氷彫刻『龍』)

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平田親子作
『龍』。

氷彫刻と一括りにするには余りある
霊気に満ちたその姿。

それは、
二人の氷彫刻家によって
氷塊から発掘され、
一昼夜の間
この世界で存在することを許された
実在の龍だったのかもしれない。

いま、写真で『龍』を振り返ると、
そんなことを考えずには
いられないのである。

平田謙三・平田浩一
氷彫刻『龍』。

この作品は
第25回 国宝松本城氷彫フェスティバル
全国氷彫コンクールで
金賞を獲得した。

~完~

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撮影機材

EOS5D Mark II
EF300mm F2.8 L IS USM
EF70-200 F2.8L II USM
EF50mm F1.2L USM
EF85mm F1.8 USM
全て手持ち

撮影後記

 誰が優勝してもいいように、出来るだけあまねく撮るように心掛けたつもりが、 蓋を開けてみれば総撮影数2000枚のうち、 約500枚をこの『龍』のために費やしていた。

 無意識のうちに、シャッターを切ってしまう被写体。 そういうカメラを引きつける力が、確かにこの『龍』にはある。
 そして、この『龍』の作者である平田親子にも、 ただならぬ気迫が漂っていた。
 いま写真でこの制作の様子を振り返るほどに、 「何故にそこまで」 と思わざるを得ない。

 ネームバリューに乏しい地方の氷彫大会である。 報酬が出るという話も聞かないし、大会の結果について大きく報道されることもない。
 不眠不休の12時間に、製作者の苦労を見届けようというギャラリーはあまりにも少ない。
 あまつさえ、氷である。
 極寒の12時間を戦い抜いて作り上げた氷彫は、 その日の夕方までの展示をもってすべて取り壊されてしまうのだ。

 しかし、平田親子の『龍』には、たった1日で解けてなくなってしまうという氷の儚さやもろさは微塵も感じさせない。
 細部まで作りこまれながら、生きているような動感を宿す。
 これがもし木彫だったら、 きっと長い間、人々の目を楽しませたことだろうと思う。
 近い将来に解けてなくなってしまうものを、何故にそこまで、と思わずにはいられないのだ。

 もう一つ驚いたことがある。
 今回の展示場所は、氷彫のすぐ後ろが松本城のお堀になっていた。つまり、氷彫の裏側は観客には見えないようになっているということだ。
 氷彫をひとつの展示物と考えるならば、氷彫の裏側はいわば「省略してもいい部分」なのである。
 実際、作品の「観客から見えない部分」には手を加えていないチームもあった。
 ところが平田親子チームは、『龍』の裏側も表側と何ら変わらない丁寧さで作り込んでいたのである。

 全編を通して、浩一さんに比べ父の謙三さんはあまり写真に登場していない。
 これは、そういう被写体の偏りに気付かず撮っていた私の無頓着さに原因があるのは明らかなのだが、それに加えて、謙三さんが主に『龍』の裏側でノミを振るっていたこともその理由の一つなのだ。
 決して人に見てもらえない龍の裏側まで、淡々と作り込んでいく二人の姿に私は強く心打たれた。

 おそらく、 平田親子にとって氷彫刻の『龍』は、展示物である以前に、 親子の精神を具現化した『龍』そのものでなくてはならないのではなかろうか。
 そもそも、龍に表側も裏側もないのだ。
 人に見られるか否かに関わらず、親子の心の中にこの龍はあって、 今回、たまたまその龍が氷の姿をまとって現れたにすぎないのではないか。
 だから、夏目漱石が書いたように、この親子は 龍を「彫った」のではなく、「掘った」のである。

 この氷彫フェスティバルが終わってから、この親子のことを調べた。
 氷彫界では知る人ぞ知る親子であった。
 ネット検索でヒットする、彼らの大会受賞歴は数知れない。
 ここにその栄光の数々を列挙したくもなるが、 この『龍』の出来栄えをご覧いただけば、この親子の力量については 誰しもご理解いただけるものと思う。

 今、この『龍』はすでにこの世に存在していない。
 氷の龍は氷の自性に従い、 1日で解けて、大きな水の循環に帰したのだ。
 この日、人と氷の不思議な縁によって、 天地を巡る水のごく一部が 『龍』の姿でこの世に存在したことを、 この写真によって 多少なりとも伝えることができたら幸いである。

 

再編集版あとがき

 氷彫フェスはこの記事の前年から見に行っていたものの、氷彫刻の奥深さに衝撃を受けたのは、この平田親子が作った『龍』を目にしたからにほかならない。

 彼らの作品があまりにも凄すぎて、作っている光景を最初から最後まで見届けたいと思い、徹夜の撮影を敢行するようになった。それは10年経った今でも続いている。
 平田親子との出会いは、私の写真哲学や撮影スタイルを大きく変えたのだ。

 この記事はこのブログにとっても特別なものなだけに、いち早く移転させたかったが、10年前の記事だけあって、いろいろと粗が目立った。
 特に写真サイズが小さく、現像も荒っぽいのがずっと気になっていたので、今回、全てRAWから現像し直した。
 また、文章も全面的に再校正した。

 平田謙三さんは、2017年8月惜しくも亡くなられた。

 この記事が、在りし日の謙三さんを偲ぶ一助になれば嬉しい。

(記 2018・8・5)

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