平田謙三 平田浩一 氷彫刻『DRAGON』【1】

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長野県松本市 第26回 国宝松本城氷彫フェスティバル
全国氷彫コンクール(2012年1月21~22日)


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― 序 ―

2012年1月21日。
長野県松本市。
国宝松本城。

まるで春先のような、
重く、湿った雪が降りしきる。

数日前までの
身を切るような寒さはどこにもない。
生暖かくさえ感じられる風が
南から大量の雨雲を運んでいる。

「国宝松本城氷彫フェスティバル」。

厳寒の松本城を舞台に繰り広げられる、
真冬の大イベントである。

二十四節気のうち、
最も寒さが厳しくなるといわれる「大寒」。
この氷彫フェスティバルは、
大寒を過ぎ、松本市が一年で最も寒冷化する
この時期を選んで開催される。

主催者にとっても来訪者にとっても、
この寒さは必ずしもプラスに働かない。
寒ければ寒いほど、
当然にして会場設営、運営は厳しさを増し、
客足は遠のくからである。

しかし、それらのリスクを押してまで
この時期に開催する理由はなんなのか。

それは
「氷彫刻」
という行為そのものにある。

氷彫刻には、氷を「彫刻する」のみならず、
部分的に氷を解かした後、
再氷結させるというプロセスが不可欠である。
氷彫刻の複雑な造形や
クリスタルガラスのような輝きは
どれも再氷結によって得られる。

この再氷結に必要なもの、それが
水を凍らせる「寒さ」
なのである。

また、十分な寒さがあってこそ、
製作後の氷彫刻が、
その造形を維持できるのである。

つまり、氷彫刻において、
「寒さ」はまさに
生命線とも言うべきものなのだ。

氷彫フェスティバルのこの日、
松本は朝から厚い雲に覆われ
みぞれが断続的に降り続いていた。
夕方になっても
温度計の目盛は
プラス2、3℃のあたりを指し示している。

氷彫刻に必要な冷気が
圧倒的に足りない。

果たして、
氷彫刻は無事に製作されるのだろうか。

幾つもの不安要素を抱えながら
フェスティバルの幕が開こうとしていた。

 




17時。
松本城公園。

会場ゲート(第26回国宝松本城氷彫フェスティバル)

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湿雪が猛烈な勢いで降りしきる。

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気温
プラス0.5℃。
氷が徐々に解ける温度だ。

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湿って粘り気のある雪は
あらゆるものに絡みついてすぐに融ける。
かばいながら撮っているつもりでも、
レンズもカメラも
あっという間にずぶ濡れになる。

撮影すらままならない。

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角氷を載せたフォークリフトが
会場を駆けまわる。

競技開始予定の18時を回ったが
準備が続けられている。

こんなところにも、
悪天候が影を落としているのだ。

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競技開始に向け、
慌ただしさを増す会場。
全国から集まった
氷彫の精鋭15チームが準備を進める。

雪が降りしきる氷彫刻制作会場(第26回国宝松本城氷彫フェスティバル)

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氷彫に使用されるのは
業務用の角氷(36貫)。
1本あたりの
サイズは55cm×27cm×100cm。
重量は135Kg。

各チームは
配布されるこの角氷15本を使用し
夕方18時から翌朝6時までの12時間で
作品を完成させねばならない。

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会場中央に
彼らを見つけた。

平田親子である。

帝国ホテル専属の氷彫刻職人である
父の謙三さん。

ホテルニューオータニで氷彫刻室長を務める
息子の浩一さん。

親子2代にわたって
この世界をリードし続ける
生粋の氷彫刻師である。

昨年の氷彫フェスタで、
この親子が作り上げた
『龍』。
その技巧と造形に舌を巻いた。

今回、彼らはどんな作品を見せてくれるのか。
この悪条件の中、どのようにして製作に取り組むのか。

制作準備中の氷彫刻師、平田謙三・平田浩一親子(氷彫刻『DRAGON』)

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工具箱。
彼らの氷彫製作に欠かせない道具が
詰め込まれている。
ドリル、サンダーなどの電動工具から、
大小のノミ、のこぎりまでが網羅されている。
これらの道具を駆使して、
あの巨大な氷彫が作られる。

氷彫刻用工具(平田謙三・浩一 氷彫刻『DRAGON』)

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18時10分。
競技開始。
長い戦いが始まる。

氷彫刻と言っても、
いきなり彫り始めることはできない。
像1体をまるごと内包できるほどの
氷の塊はそこにはないからだ。

まず、使うことが許された15本の角氷を
製作すべき彫像の大きさに合わせ
組み上げることが必要なのだ。

デザイン画を見ながら、
メジャーで慎重に採寸していく。

切り分けの寸法計測(平田謙三・浩一 氷彫刻『DRAGON』)

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そして、切断。

チェーンソーによる氷の切断(平田謙三・浩一 氷彫刻『DRAGON』)

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2つに切断しても、
一つの氷塊は約70キロの重量がある。
持ち運ぶのも2人がかりの重労働だ。

氷柱の運搬(平田謙三・浩一 氷彫刻『DRAGON』)

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徐々に積み上げられる氷塊。
氷塊同士の接触面を平滑にして、
汚れが入らないよう細心の注意が払われる。
重なりあった氷は
自らの温度と重さによって
互いに固着し、
巨大な氷塊へと融合する。

氷の組み上げ(平田謙三・浩一 氷彫刻『DRAGON』)

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フォークリフトを使い
さらに高く積み上げられる。

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20時。
角氷を接着した氷塊に
デザイン画を元にして
筋彫りが施される。

氷への筋彫り工程(平田謙三・浩一 氷彫刻『DRAGON』)

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複雑に穿たれていく曲線。

何が作られようとしているのか
窺い知ることはまだできない。

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浩一さんの筋彫りに沿って
謙三さんの切削作業が開始される。
大きなチェーンソーで
曲線を正確にトレースしていく。

チェーンソーによる氷の切削(平田謙三・浩一 氷彫刻『DRAGON』)

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大ノミによる削りだし。

大ノミによる氷の切削(平田謙三・浩一 氷彫刻『DRAGON』)

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雪と砕氷をを全身に浴びながら
体力を消耗する作業が続く。

氷彫刻師・平田謙三

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氷彫刻師・平田浩一

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会場の一角に設けられた氷のテーブルに、
アイスキャンドルが灯される。
柔らかな光が氷を照らしだす。

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そこからほんの数メートル離れた場所では
キャンドルライトの安らぎとは無縁の
氷との熾烈な格闘が
今も続けられているのだ。


【2】へ続く

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