平田謙三 平田浩一 氷彫刻『DRAGON』【2】

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22時。

雪は降り続いている。
各チームとも、
いまだ作品の全貌は見えていない。

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浩一さんは、
小さな氷の接着作業に取り掛かっている。

小さな氷の部品の接着(平田謙三・浩一 氷彫刻『DRAGON』)

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氷同士の接着はまず、
金属板などで接着面を平滑にした後、
隙間ができないよう、
氷の面と面とを密着させる。
すると、氷自体の冷気により
接着面は瞬時に氷結し、氷同士が固定される。
そこに、外気からさらに冷気が加えられることにより、
2個の氷は強固に接着され、
1個の氷となるのである。

水は摂氏0度で凝固し、固体となる。
これが氷である。
だが、
凍結後の氷は必ずしも0℃なのではない。
外気温の変動に伴って
氷自体の温度が変化するのである。

極寒にさらされた
マイナス20℃の氷もあれば、
融点すれすれ、
マイナス1℃の氷もある。
つまり、
「冷たい氷」

「温かい氷」
が存在するのだ。

「冷たい氷」は、
より多くの冷気を保持している。
それはより硬く頑丈で、
氷同士を
容易に接着できることを意味する。

一方、
「温かい氷」は、
氷としての余力に乏しい。
柔らかくもろく、
接着面もより脆弱となる。

この日、夜になっても
0℃付近で高止まったままの外気により
冷たかった氷は徐々に
「温かい氷」
へと変化しつつあった。

その時、
浩一さんが
氷の接着箇所に何かを吹き付けた。

コールドスプレーを使った氷の瞬間接着(平田謙三・浩一 氷彫刻『DRAGON』)

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コールドスプレーだ。

「温かい氷」の弱い接着力を
コールドスプレーが発生させる冷気で補い、
氷同士を即座に固着させる。
「氷の瞬間接着剤」
なのだ。

瞬く間に
部品は大きな氷塊に固定される。

さらに、
浩一さんには秘策があった。

彼が開けたのは、発泡スチロール製の小箱。
中から白い煙が溢れ出る。
ドライアイスである。

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板状のドライアイスを小さく砕き、
先ほどの接着箇所に載せる。

ドライアイスを使った氷彫刻の保冷(平田謙三・浩一 氷彫刻『DRAGON』)

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すでに細工を施したいくつもの箇所に
ドライアイスの小片を載せていく。

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ドライアイスは二酸化炭素を固化したもので、
マイナス79℃という超低温である。

高温の外気によって侵食されやすい氷の要所要所に
ドライアイスを散りばめることによって、
常に冷気を補充し、
氷彫刻の造形と
強度を確保しようという作戦なのだ。

切削作業は続く。
大胆かつ繊細なチェーンソーさばきで、
流線型のパーツが削りだされていく。

氷彫刻師・平田浩一

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チェーンソーをノミに持ち替え
細部の造形。

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さらにドリルで、
微細なテクスチャを彫り込んでいく。

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作業の末に現れたもの、
それは一つの頭部と、一枚の翼。

この形、
そう、
西洋の竜「ドラゴン」である。

製作途中の頭部と翼(平田謙三・浩一 氷彫刻『DRAGON』)

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前回、平田親子は東洋の『龍』を彫り上げた。
そして今回は西洋の『ドラゴン』。

予想外の展開に驚く。

胴体1本の龍と違い、
ドラゴンには翼がある。
龍よりもより立体的な造形が求められるはずだ。

ただでさえこの高い気温の中、
彼らはどのように製作を進めるのだろうか。

その間にも、
ドラゴンの首には
生物的な模様が彫り込まれていく。

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23時。
頭部が完成。

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その直後、なんと
出来上がったばかりの頭部を
分解し始めた。

完成した頭部の再分割(平田謙三・浩一 氷彫刻『DRAGON』)

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瞬く間に
バラバラにされる頭部。

せっかくの造形が
無残である。

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分解された頭部のうち
首筋に当たるパーツが運ばれていく。

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首筋のパーツが据えられたのは、
2人の背後に組み上げられていた
巨大な氷塊の上。

そう、
頭部をわざわざバラバラにしたのは、
胴体部分の上に
頭部を組み上げるためだったのだ。

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2段目を組み上げ。

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3段目。
すでに背伸びでも届かない高さになっている。

浩一さんは三段重ねにしたビール箱の上に乗り、
組み上げ作業を続ける。

時折ぐらつくビール箱に
見ているこちらがヒヤヒヤする。

分割した頭部の再組み上げ(平田謙三・浩一 氷彫刻『DRAGON』)

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他チームの応援を得て
最上段を運搬。

ライバルチームだからといって
運搬中にパーツを粉々に打ち砕いたり、
といったことはない。

他チームのパーツも、
我が物のように大切に扱う。
氷彫製作は紳士の競技、
「お互い様」の精神で成り立っている。

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23:30。

頭部の組み上げ完了。
角氷の厚さが27センチとして、
基底部から数えて10段、
およそ3メートル近い高さとなった。

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氷彫刻制作の現場において、
作品を複数の部品に分割して造形を行い、
最終的にそれらを合体させて
ひとつの氷彫として完成させるというのは、
巨大な氷彫刻を作る上では
よく用いられる手法である。

しかし、一般的に、
一つの部品はそれ以上に分割されることはない。
大きめの部品は、
フォークリフト等の助けを借りつつ、
そのままの形で、本体に組み上げるのが普通である。

この日、多くのチームがフォークリフトを利用し、
高所への部品の運搬を行う中で、
平田親子は最後まで、
この「分割と組み上げ」という手段にこだわった。

制作のために与えられた12時間は
長いように思われるが、
その実、このような大物を作るには
限界ギリギリの時間なのである。

もし、途中で作品の一部が壊れてしまっても、
作り直す余裕はない。

脆弱な氷塊をフォークリフトで運搬するのは、
いくら熟練のオペレーターに託すとはいえ、
少なからず破壊の危険を伴う。
そのうえ、
各チームがせめぎ合う制作会場に
フォークリフトが進入することによって
他作品を危険にさらすおそれも同時に生じてしまう。

平田親子の「分割と組み上げ」というこの手法は
失敗の許されない氷彫刻の現場における
リスクマネジメントであると同時に、
「自分たちの作品の責任は自分で負う」
という、
氷彫のプロとしての
ポリシーの表れに違いないのだ。

もちろん、この手法の根底には
分割と組み上げに耐えうる
高度な造形力があることは
言うまでもないことだ。


脚立に付いた水滴が凍らない。
依然として気温はプラスに転じたままだ。
厳しい状況が続いている。

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謙三さんは、
彫刻の終わった翼の上に
ドライアイスの小片を置き、
全体をビニールで覆う。

部品保護のための
即席冷凍庫である。

ドライアイスとビニール袋を使った氷彫刻の保冷(平田謙三・浩一 氷彫刻『DRAGON』)

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頭部の上にも
保護用のビニールが被せられる。

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細心の注意が払われつつ、
巨大な氷彫刻の制作が進む。

あともう少しで
日付が変わろうとしている。



【3】に続く

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