平田浩一 加瀬秀雄 氷彫刻 『飛翔 ~大空に羽たく鳳凰~』【1】

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第30回 国宝松本城氷彫フェスティバル 全国氷彫コンクール (2016・1/23~24)

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鳳凰。

伝説の霊鳥。

「聖天子の出現を待ってこの世に現れる」といわれる瑞鳥にして

羽ある生物の王。

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向き合って羽ばたく
二羽の鳳凰。

2016年
第30回 国宝松本城氷彫フェスティバル 全国氷彫コンクールにおいて
平田浩一、加瀬秀雄の両氏が
夜を徹して製作した氷彫刻だ。

この凍てつく鳳凰は
いかにして姿を現したのか。

これは
12時間に及ぶ
二人の氷彫刻師による
氷彫刻製作の記録である。




2016年1月23日
午後5時10分。

国宝松本城入口。

夕闇迫る中、
氷を載せたフォークリフトが
慌ただしく動き回る。

氷彫製作の開始に向け
準備作業が進められている。

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スタート前のこの騒々しさ。

何度味わっても、胸がざわめく。

またあの長い夜がやってくるのだな、と思う。

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平田さんの姿は
会場の中ほどにあった。

昨年と同じ、鮮やかなオレンジ色の上着を見つけて安心する。

平田さん達の制作現場に張り付くようになって
もう6年目なのだが、
私のものぐさな性格が災いして
事前調査やアポ取りをやろうやろうと思いながらいつしか時は過ぎ、
気づけば当日を迎えてしまう。
だから、現場入りしてみるまで、
平田さんが参加しているかどうかが分からなかったりする。

お恥ずかしい話だが、
毎回、平田さん達がそこにいるものと「信じ」つつ、
もしかすると今年はいないかもしれない、という
仄かな不安感に駆られながら会場に足を踏み入れるのだ。

本当に、今年もいてくれて良かった。

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昨年の大会でタッグを組んだ、
浩一さんの父・謙三さんの姿は
傍らにない。

聞けば、謙三さんは去年、体調を崩されたのだという。
現在は仕事(帝国ホテル専属氷彫刻職人)に復帰してはいるが、
まだ本調子ではないようだ。

寒さの中、夜通し氷を刻み続けるこの大会は
身体にかなり過酷な負担を強いる。
すでに古稀を背中越しに見ている謙三さんにとってはなおさらだろう。

大会のエントリーは例年どおり「平田親子チーム」だったが、
大会の少し前になって謙三さん自ら
「今回は止めておく」
と浩一さんに告げたのだそうである。

急遽、浩一さんは相方探しの必要に迫られることとなる。
そこで白羽の矢が立ったのが
今回タッグを組む、加瀬秀雄さんその人だった。

「実は和食界で結構な重鎮と肩を並べるような人なんですよ」

そんな浩一さんの紹介に照れ笑いしつつ、
「平田さんの彫刻に魅せられちゃって、弟子入りしたんです」
と加瀬さん。
その話し方から、物腰柔らかで実直な人柄がどことなく伝わってくる。

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今回の氷彫フェスは30回目という節目にあたり、
記念大会として開催される。
出場チームも国内外から、前回の13組を上回る16組が参加する。

例年と同じスペースに、16チームがひしめき合う。

隣り合う作品同士がぶつかってしまいそうな手狭さだ。

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時計の針は予定開始時刻の午後6時を回っているが、
一向に製作開始がアナウンスされない。

準備作業が遅れ、
各チームに氷が行き届いていない。

参加チームが多い分、
氷の分配作業に手間がかかっているのだ。

ついに、「製作開始は午後6時30分に変更」のアナウンスが流れる。

製作開始前から、波乱含みの展開となる。

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配り終えられた氷。

氷彫刻に使用されるのは
重さ約135キロ、
サイズ約28cm×56cm×106cm
の「36貫氷」と呼ばれる純氷だ。
氷彫刻用というわけではなく、
かき氷や飲料用のロックアイスに使われる
透明度が高く、硬い食用氷である。

相場はまちまちだが、
この36貫氷1本で、通常1万数千円はする。
彫刻の材料としては
決して安いものではない。

この氷彫フェスの氷は
松本市内の田中製氷冷凍(株)が一手に供給している。

1チームに与えられるのは
この135キロの氷柱10本。

この氷を組み合わせ、数々の技巧を凝らし
一晩かけて氷の彫刻に仕上げていくのだ。

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午後6時30分。
ようやく製作開始のアナウンスが流れる。

開始が遅れた分、終了時刻も明朝6時30分に変更された。

制作現場の前には厚い人の壁ができ
氷に挑む彼らに熱い視線が注がれている。

私が観客の後ろの方から写真を撮っていると、
観光客と思しき外国人から、
「これはいつ出来上がるのだ?」と英語で尋ねられる。
完成は明朝の6時過ぎであることを伝えると彼は、
「ワオ! トゥモローモーニング!?」と叫んで
呆れたように目をくるくる回しながら去っていった。

異国の人よ、驚くのはまだ早い。

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まずは、設計図を確認。

どの氷をどのように積み上げ、どう切り分けるのか、
実際の氷と照らし合わせる。

この設計図は平田さんの手描きのもので、
コンセプト画などというレベルではなく、
細部まで超精密に描かれた
「もう一つの完成品」とも言うべきものだ。
この設計図には、
すべてのパーツを効率よく制作するために
あらかじめ計算された氷の切り分け方が記されている。

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氷の積み上げ。

1本135キロの氷柱は
大人が二人がかりで渾身の力を込めなければ
持ち上がらない重さだ。

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積み上がった氷の隙間に
ノコギリの刃を通す。

それによって互いの表面の凹凸が解消され、
2つの氷は接着して、一つの氷塊になる。

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ただ積み上げるだけではなく、
設計図に基いて、氷を切断し、
所定の場所に接着することもある。

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製作開始後の1,2時間は
地道な作業が延々と続く。

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この準備工程で、いかに正確に氷を積み上げるか。
それが、完成した作品の成否に大きく関わってくる。
決しておろそかにはできない作業だ。

水平、垂直にこだわって積む。

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午後7時過ぎ。
空一面を覆っていた雲が切れた。

時折、青い月が顔を出す。

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手持ちの温度計の目盛は
摂氏1度。

徐々に気温は下がってきているものの、
まだ氷にとって良い条件とは言えない。

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氷の接着面処理。

氷同士を接着させるのに重要なのは、
互いの接着面がなるべく平滑であることだ。


その平滑さを出すために行われるのが接着面処理だ。
この作業では、厚めのアルミ板が使われる。

あらかじめぬるま湯で温めておいたアルミ板を
接着面に押し当てる。

熱伝導性の高いアルミ板は、氷の表面を素早く解かし
アルミ板表面の写し絵としての平滑さを得ることができるのだ。

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同様に接着面処理をした氷同士を密着させる。

氷に十分な冷気が蓄えられているか、
外気温が十分に低い場合、
氷同士はすみやかに氷結、接着される。

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しかし、この日、
氷の蓄冷度合いもそれほど大きくなく、
外気温もいまだ氷点下に達していない。

すぐに接着されるはずの氷が
なかなかくっつかない。

加瀬さんが一生懸命に氷塊を支え続けるが、
手を離すと、氷が落下してしまいそうになる。

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そこで、平田さんが秘策に打って出る。

取り出したのはコールドスプレー。
スポーツで打撲をした際などに使う、
患部を急冷するための、あのスプレーだ。

接着したい場所にこのスプレーを吹きかけて
強制的に凍らせるのだ。

いかなる状況でも彫ることを求められる
氷彫のプロが編み出した、
過酷な環境に打ち勝つための必殺技だ。

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午後7時34分。
平田さんがフォークリフトの応援を要請する。

積み上げた氷は、すでに人の背丈に達し、
これ以上、人力で氷を積み上げるのは難しい。

フォークリフトの力を借り、
さらに氷を積み上げていく。

ちなみに、この大会の規定で、
作品の高さは地上高2.5メートル以下、と決められている。
作品は大きい方が迫力を出せるが、
2.5メートルを超えてしまうと減点となるそうだ。

限られた氷を使って、高さ制限ギリギリに抑えながら
さらに迫力を追求しなければならない、と平田さんは言う。

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加瀬さんは氷を積み上げる作業を
ただ黙々とこなしている。

その動きに迷いがない。
氷の扱いに慣れている。
かなりの経験者なのだろうか。

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氷は上に伸びていくだけではない。
加瀬さんは小さく切り分けた氷を
下向きにも接着する。

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接着後。

彫刻の「彫りしろ」として、ただ氷を積んでいくのではない。
彫るべきところにだけ氷を積み、
空間とすべきところは最初から空間としておく。
限られた氷を無駄にしないためだ。

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~ 【2】に続く ~

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