平田浩一 加瀬秀雄 氷彫刻 『飛翔 ~大空に羽たく鳳凰~』【9】

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午前6時26分。
カラースポットに照らされる作品たち。

この光景を目当てに
会場を訪れるカメラマンも多い。

例年なら、松本城をバックに
色づいた氷彫刻が静かに佇んでいるのだが、
今年は終了時刻が30分遅れたせいで、
選手たちが作業や後片付けを続けているという
珍しい事態になっている。

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それでも待ちわびたカラー照明に
誰もがこぞってシャッターを切る。

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松本城とのコラボも
人気の構図だ。

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大仕事を終えた二人。

「本当は1時間前くらいには終わらせたかったんですけどね。
でも、手数が多かった」

と平田さんは言う。

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本当に、手数が多かった。

これほど込み入ったデザインにも関わらず、
観客からは見えないようなところまで
周到に彫り込んである。

平田さんらしいな、と思う。

彫ると決めたら、とことんまで彫るのだ。

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日の出が迫り、
カラースポットも朝の光に希釈されて
色味を失っていく。

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作品完成の余韻に浸っている余裕はない。
疲れた身体に鞭打って
片付けに入る。

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「夜通し彫った後にこうやって片付けって、ほんとにもう、って感じですよね」
と、平田さんも加瀬さんも苦笑いしていたが、
二人とも「やり遂げた男の顔」をしているのだった。

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まだ明けやらぬ
青い光の中に浮かぶ氷彫刻。

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2羽の鳳凰が
日の出間近の空に佇む。

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限りなく透明な身体は
空の色を宿す。

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山の稜線を破って
太陽の光が一直線に差し込む。

凍てつく鳳凰の全身に
光の血が駆け巡り、
まばゆい輝きを放つ。

伝説の霊鳥は
暁の空に羽ばたいている。

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平田浩一、加瀬秀雄両氏の製作した
氷彫刻 『飛翔 ~大空に羽たく鳳凰~』。

第30回 国宝松本城氷彫フェスティバル
全国氷彫コンクールにおいて
金賞を受賞した。

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~ 完 ~

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撮影機材

  • EOS5D Mark III
  • EF300mm F2.8 L IS USM
  • EF70-200mm F2.8L IS II USM
  • EF16-35mm F2.8L II USM
  • Carl Zeiss Makro Planar T* 2/50 ZE
  • ブラックミストNo.1(フィルター)

 

撮影後記

 氷彫刻は植物に似ている。
 その成長が緩やかであるあまり、何の気なしに見ていると、変化したことに気づかない。
 いつしか葉が茂り、蕾がほころび、大輪の花を咲かせたところで見る人々はハッとする。
 そういう氷彫刻が花咲かせる様子を今年もまた観察してきた。

 製作終了後、平田さんにいろいろと話を聞く機会を得た。
 技術的なことに限って言えば、女性像のように、繊細な曲面によって構成される作品こそ最も氷彫刻師としての技量を要求されるのだ、と平田さんは語る。
 だから、完璧な女性像を作ることができれば、氷彫刻師の間では「あいつは凄いぞ」ということになる。
 だが、そういう技術の粋を尽くした女性像も「お客さんはあまり喜んでくれない」のだそうだ。
 だから、無数の羽根に覆われた鳥の翼とか、鋭い嘴や鉤爪など、お客さんの目に止まってあっ、と思って貰えるものを作るようにしている、と平田さんは言う。

 どんな世界でもそうだが、作り手の腕が名人と称されるくらいのレベルを超えてくるとつい技術が一人歩きを始めてしまいがちだ。
 自己の技をさらに研鑽しようとするあまり、作り手の意識がどんどん内向していって、独りよがりな作風にもなってくる。
 だが、平田さんの作品には、そういう嫌味さがない。
 それはおそらく、平田さんがホテルニューオータニという老舗の大ホテルで、氷彫刻室長として氷彫刻の仕事を一手に引き受けているということと無関係ではあるまい。

 平田さんの日常は求められたものを彫ることに終始する。
 それは大掛かりな氷彫刻から、料理に使う氷の器まで様々だ。
 特に年末などの繁忙期には、一日中何かしらの氷を彫っているという。
 氷を彫ると言っても、ただ漫然と彫ればいいのではない。
 氷彫刻という、「特別な」舞台装置を発注したお客を満足させるだけのクオリティがそこに備わっていなければならない。
 見る者をあっと驚かせ、喜ばせるという「顧客満足」の精神は日常の仕事を通じて平田さんの身体の深いところにまで染み付いているに違いない。

 日頃のストレス発散で、この日ばかりは作りたいものを思い切り作る、と平田さんが宣言している氷彫刻の大会でも、その「顧客満足」の精神は、自然と作品ににじみ出る。
 自分の作りたいものを思う存分作ったうえで、さらにお客の目を楽しませてこそ、平田さんにとって「納得のいく出来」となるのだ。
 平田さんの彫刻技術が比類なきものであることはもはや言うまでもないが、それに加えて、この「お客を楽しませたい、驚かせたい」というエンターテイナー性もまた平田さんを氷彫刻の第一人者たらしめている要因のひとつであることは間違いなさそうだ。

 さらに、平田彫刻を根底から支える大きな要素がある。
 それは、「リアリティ」である。
 平田さんは実在する動物の他にも東洋の龍や西洋のドラゴン、そして今回の鳳凰のような
想像上の生物を彫刻のモチーフにすることが多い。
 実在する生きものなら、実物になるべく近づくよう努力することができるが、架空の生きものは、実物がそもそもないので写実的なアプローチは不可能である。
 かといって、想像の赴くまま自由気ままに彫ってしまえば、作品として説得力が出てこない。
 では、どうするのか。
 ここで活きてくるのが、平田さんのお家芸である「翼」や「鱗」に代表される生物学的造形力なのである。
 平田さんの彫る翼や鱗は架空の生きものの一部ではあるが、翼もしくは鱗という単体として切り離して見れば、それは紛れもなく、実在の鳥類や爬虫類の翼や鱗として成立するに足りる
圧倒的なリアリティを有している。
 想像上の生きものであっても、そこ実在の生物の持つ要素を盛り込むことによって、あたかもその生きものが実際に存在しているかのような説得力を持たせることができるのだ。
 翼や鱗に限らず、平田さんの彫る生きものは生物学的に破綻がない。
 破綻がないというのは、手足が正しいバランスを有し、顎や関節が正しく動く、というような生物として備わっている機構が彫刻に再現されている、ということにほかならない。
 これが簡単なことのようで難しい。
 例えば、作品に迫力を出すことを目的に生物学的には絶対開かない上顎を開かせたりする。
 しかしかえってそれは、迫力というより、違和感として我々の目に映るのである。
 破綻のない彫刻を作るためにはしっかりとした彫刻技術が必要なのは言うまでもないが、それ以前に、「物事を正確に見る」ことが必要だ。

 かの葛飾北斎の代表作『富嶽三十六景』のうちの一つ、神奈川沖浪裏の砕け散る波頭は、実物の波を高速シャッターで捉えたものと酷似しているというのは有名な話だ。
 これは、北斎が正確に波の形態を見抜いていたということに他ならない。
 また北斎は『富嶽百景』の後書きに
「七十三才にして稍(やや)禽獣虫魚の骨格草木の出生を悟し得たり」
 つまり、「73歳になって鳥獣、昆虫、魚の骨格や草木の生まれをいくらかは知ることができた」と書いている。
 北斎は稀代の絵師である以前に、物事を正確に観察しようとする人だった。
 だからこそ、かの神奈川沖浪裏が描けたのである。

 平田さんの氷彫刻を支えているのも、かの北斎が生涯をかけ追求したのと同じ「物事を正確に見る」力だと思うのだ。

 製作の途中、平田さんの制作現場にビシっとジャケットを着込んだ初老の男性が立ち寄る。
「お~い浩一、本気出しちゃダメだぞ~」
とでかい声で平田さんに向かって笑いかけている。

 私の記憶が確かなら、その人は氷彫刻界では知らぬ人のいない重鎮であった。

 本気を出すな、というのは平田さんが本気を出せばぶっちぎりで勝ってしまうのだから、ちょっとは手加減しろよ、という冗談なのだが、平田さんはそれを笑って聞いている。
 私はそれを傍目に見ながら、平田さんが手加減することはないだろうな、と思った。

 数々の業績を残している平田さんは氷彫刻の世界において、すでに追いかけられる立場にいる。
 先頭ランナーの責任は重い。
 先頭が手加減すれば、集団全体のレベルは低下する。
 逆転して首位に出るランナーもいるだろうが、それはベストな記録ではい。
 氷彫刻界のプリンスとして重鎮からも一目置かれる存在の平田さんは、そういう氷彫刻の先頭集団を率いていく一人だからこそ、手加減はきっとしないだろう。
 そして今回もやはり、平田さんは全力で彫った。
 その結果は明らかである。

 今回、平田さんとタッグを組んだ加瀬秀雄さんについても書いておくべきことがいくつもある。

 加瀬さんに関して何の予備知識もなかった私は「平田さんの彫刻に魅せられて弟子入りした」という自己紹介の印象そのまま、まだ氷彫刻の世界に足を踏み入れて間もない人、というイメージを持って作業する加瀬さんを見守っていた。
 ところが、どうも様子がおかしい。
 あまりにも動きがいいのである。
 自分の受け持つ作業を黙々とこなす中、必要な時にはさっと平田さんのサポートに入る。
今自分が何をすべきかをわかっている。
 初心者にはあり得ない動きだ。
 結局、現場では分からずじまいだったが、帰宅して加瀬さんについて調べるうちに納得がいった。

 やはり、加瀬さんは初心者ではなかった。
 初心者でないどころか、氷彫刻の大ベテランなのだった。
 加瀬さんは都内のとある宿泊施設で、和食調理課長という要職の傍ら
長年、氷彫刻にも携わっている方だった。
 名だたる大会での受賞経験も多く、和食の剥き物技法を特集したハウツーDVDにも
氷彫刻担当として出演したりもしている。
 教わる側の人ではなくて、明らかに教える側の人なのである。
 だから、今回のタッグにおける加瀬さんの位置づけは「ニューフェイスの補欠要員」などでは決してなく、どちらかと言うと「ヘッドハンティングしてきた辣腕幹部」という表現がぴったりくる。

 年齢も平田さんより4つほど上なのだが、年齢の差やキャリアをアピールする風もなく、
終始、物腰穏やかで低姿勢、平田さんの胸を借りているという立場を崩さない。
 平田さんは加瀬さんを評して
「今まで一緒にやってきた人の中で、間違いなく5本の指の中に入る人ですよ」
と言う。
 必要に応じて陰に徹してくれる人、だとも言っている。
 陰になってしまう人と、自ら陰に徹する人は、その根本において異なる。
 前者は実力不足の人、後者は、日向になれるだけの実力を備えた人だ。
 加瀬さんは、紛れもなく後者のタイプだろう。
 作業中、現場から出てきた加瀬さんに「大変ですね」と声を掛けた。
 すると加瀬さんは
「でも楽しいですよ。ほんとに勉強になります」
とにこやかに話すのだった。
 ストイックな人だなと思う。

 また、加瀬さんは気配りの人でもある。
 未明、加瀬さんは平田さんに一言告げて、一人作業場を出た。
 十分ほどして加瀬さんはその手にコンビニ袋を携えて作業場に戻ってきた。
「平田さんは全然食べずにやるんで、身体参っちゃうから。だから、買ってきたんです」
と加瀬さん。
 その後、二人は作業の合間に加瀬さんの買ってきた兵糧を頬張りながら、無事、朝までの作業を乗り切ったのだった。

 作業終了後、平田さんが
「彫っている最中に、初めてちゃんと食べましたよ」
と話していることからも分かるように、
 平田さんは、自分の生命力を削るようにして飲まず食わずに近いやり方で作品を作る人だ。
今回、それを見かねた加瀬さんの心配りで初めての陣中食が実現したのだった。
 加瀬さんのそういう女房役的な気配りも今回のタッグの素晴らしさだ。

 この氷彫フェスティバルのおよそ2週間後、平田・加瀬チームは北海道、旭川で毎年行われる
「氷彫刻世界大会」に出場した。
 そこで二人が40時間をかけて挑んだ大作、『雷鳥~不死鳥の嘶き~』は見事、最優秀賞を受賞している。
 まさに、今回のタッグの実力を証明してみせたのである。

 今回、二人の彫った空へと舞い上がる2羽の鳳凰。
 それは、氷彫刻の世界で躍進する平田・加瀬両氏の姿を象徴しているように思えてならない。

 

謝辞

 加瀬さんが陣中食を買いに行った話を書きましたが、実はその時、お二人のご厚意で私もご相伴にあずかりました。
 一介のカメラマンに過ぎないこの私を気遣って頂いてしまい、なんとも恐縮の限りです。

 帰宅して家族にそのことを話したところ、
「応援しなければいけないあんたが応援してもらってどうするの」
と、激しく突っ込まれました。
 全く反論の余地はありません。

 今回で平田さんへの密着は6年目になりますが、平田さん加瀬さんはもとより、多くの方の協力で撮影を終えることができました。

 撮影を終えた朝、鯖猫さんとお会いし、温かいお茶をご馳走になりました。
 身体の中から生き返るような一杯でした。またお話できて嬉しかったです。

 毎年、夜通しの撮影に快く送り出してくれる妻にも、本当に感謝しています。
 撮影後およそ一ヶ月間に渡って、夜な夜なPCの前で夜更かしを繰り返す毎日は妻の理解なしにはあり得ないものです。

 そして、なによりこのブログを見てくださっている皆様に改めて御礼申し上げます。

 おそらく来年も、再来年もその先もこの企画は続くと思います。
 気長にお付き合いいただければ幸いです。

 ありがとうございました。

2016年2月23日

球 わかば



 

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