平田浩一 氷彫刻 『ボールと追いかけっこ』【3】

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平田浩一・作
『ボールと追いかけっこ』

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椅子の側面には
家具らしい飾り彫りが施されている。

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平田さんがいつこの飾り彫りをしたのか、
近くで見ていたのに
最後まで分からなかった。

多分、一瞬の出来事だったのだろう。




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椅子の背もたれ部分は
二段の梯子状になっている。

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構成を単純に考えても、
4本足の犬、4本脚の椅子、
さらに二段梯子の背もたれ。

1本の氷に四方八方から手を入れて、
これだけ入り組んだ立体物を
たった50分で彫刻したのだ。




完成した作品に審査が入る。
どう評価されるのか。

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役目を終えた道具たち。

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平田さんにようやく笑顔が戻る。

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完成した作品のもとへ加瀬さんが再登場。
互いに役割は違っても
でかい仕事をやり遂げた男達の顔なのだ。

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会場にはでき上がったばかりの氷彫刻が
整然と立ち並んでいる。

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しかし、これで戦いは終わったわけではない。

大会規定にあるように、
完成後30分の間、その形を保ち続けなければ
その彫刻は審査対象から外れてしまう。

ギリギリのバランスで彫られた平田さんの作品。
果たしてその造形は保たれるのか。

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約2時間後。

午後2時11分。






平田さんの彫刻は、

立っていた。

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犬の後足。

解けて細くなり、
今にも無くなりそうだ。

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だが、完成時のバランスを保ちながら
規定の30分を大幅に超え、
崩れることなく台座の上に立っている。

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今にも折れてしまいそうな前足で
懸命に逆立ちを続ける氷の犬。
健気というほかはない。

頑張れ、と心の中で思う。

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その時だった。

バーン、ガラガラ!
という大きな音とともに
氷の犬がいきなりファインダーから消えた。



驚いて下を見ると、
いままで目の前にあった氷彫刻が
地面に崩れ落ちバラバラになっていた。

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突然のことに、言葉が出なかった。
数秒前まで確かに存在していた氷彫刻が
今はもうない。

平田さんが彫り上げた氷彫刻は
2時間22分の間この世界に存在し、
そして、消えた。

氷彫刻は「消える芸術」とも言われる。
今更ながら、
それを痛いほど実感する。






結局、雨は強弱を繰り返しながらも
最後まで降り止むことはなかった。

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ビニール傘の内側は
依然として雨音に満たされている。

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午後2時30分。

大会本部テント。

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表彰式が始まる。

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中央ステージのすぐ横に
金色に輝く大きなトロフィーが置かれている。

「秀江賞(しゅうこうしょう)」

日本の氷彫刻の始祖の一人であり、
この大会を主催する日本氷彫刻会の前身
全国氷彫刻研究会」の初代会長でもある
彫刻家、小林秀江。

氷彫刻界の大名跡を冠したこのトロフィーは
本大会の覇者に授与される。

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大会参加選手100名の中から、
入選:10名
特選:8名
優秀賞:5名
が審査によって選ばれ、
さらに「最優秀賞」1名が決定される。

昨年の優勝者、近藤卓さんは
優秀賞の中でも準優勝に相当する
「東京都知事賞・加賀城章賞」
を受賞し、今年もその敏腕を見せつけた。

そして、平田さんの名前が呼ばれぬまま
最優秀賞の発表となる。

残された道は
優勝か否かしかない。

おそらく、と思いつつ
居ても立ってもいられない。

「最優秀賞、28番、平田浩一選手!」


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そして、ついに優勝トロフィーが運ばれる。

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トロフィーは高橋会長から
平田さんの手へ。

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最優秀賞の栄冠を手にした。

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帰宅して、トロフィーの台座部分を拡大してみて驚いた。

台座には2003年から2015年までの
歴代優勝者の名が刻まれている。

なんとこの13年間のうち、
2003年
2004年
2005年
2006年
2011年
2012年
2013年
の優勝者が平田さんという、
とんでもないことになっていた。

(トロフィー台座部分をトリミング処理)

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平田さん曰く、
「5年ぶりにやっと獲れた」
とのことなので、
この2013年以来の優勝ということになる。

ようやくトロフィーが平田さんの手元に帰ってきたのだ。

これでまた、台座に平田さんの名前が一つ増えることになった。




地元ケーブルテレビの取材が入る。

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優勝者インタビュー。

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普段どおり
流暢に取材をこなす平田さん。

そこには
鬼の形相で氷にノミを突き立てていた
勝負師の面影はすでにない。

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苦労して彫り上げた氷彫刻が
解けて消えてしまうように、
氷に全身で突撃していく凄まじい闘志も
すっかり溶けてなくなって、後には、
水のように透明で清らかな何かが残る。

インタビューを受ける平田さんを遠巻きに眺めながら
これが氷彫刻師なのかもしれないな、
とふと思った。




第48回全国氷彫刻展夏季大会
平田浩一・作
氷彫刻『ボールと追いかけっこ』は
最優秀賞「文部科学大臣賞・秀江賞」を受賞した。

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― 完 ―

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撮影機材

  • EOS5D Mark IV
  • EF70-200mm F2.8L IS II USM
  • EF24-70mm F2.8L USM

撮影後記

 夏の氷彫刻は、冬のそれとは全く別物だ。
 氷彫刻という字面は同じでも、中身は大違いなのである。
 
 平田さんは「冬の大会がマラソンだとしたら、夏の大会は短距離走ですよ」と言う。
 全くそのとおりだと感じた。
 さらに、100人の選手たちが競技開始前の「静」の状態から、一気にトップスピードまで加速していくさまはF1レースのスタートを見ているようでもあった。
 スターティンググリッドをひとたび離れれば、あとはチェッカーフラッグを目指して疾走するしかない。
 スピードを落とせば負ける。だが、速さに飲み込まれればクラッシュが待っている。
 まさにF1レースと同じだ。
 夏の大会は、氷彫刻のF1グランプリなのだ。
 
 冬の大会は、一晩かけてゆっくりと作品が成長していく。
 私はこれまでそういう氷彫刻しか見てこなかったので、この大会の怒涛ともいえる展開にまず衝撃を受けた。
 冬の大会で競技開始から50分といえば、まだ設計図を確認しながら慎重に氷を切り分けて積み上げている最中だ。
 でもこの大会は、その50分で全てが完了してしまう。
 
 平田さんが凄まじいペースで氷を彫っていくのをファインダーで捉えてはいるのだが、あまりにも速すぎて平田さんが何をやっているのかはリアルタイムでほとんど理解できなかった。
 
帰宅してから、この日撮った数百枚の写真を端から見返して、完成作品と何度も照らし合わせてやっと、平田さんの動作の意味を知ったのである。
 氷彫刻を少しは知ったつもりになっていたが、この世界にはまだまだ見知らぬ景色が広がっていることを改めて思い知らされた。
 
 本文中にも書いたのだが、あの百戦錬磨の平田さんが「スタート前は足が震える」と言ったのが強く印象に残っている。
 この大会のタイトルをこれまでに幾度も手にしている平田さんを、なおも畏怖させるだけの重圧がこの大会にはある。
 平田さんはこの大会に向け10回の練習を重ねた。それでもなお、本番は緊張するという。
 50分という時間内に、自分の技術の全てを出し切って作品を完成させることの困難さが、「足が震える」という一言だけで十分に伝わってくる。
 
 平田さんを語る上ですでに欠かすことのできない名女房役、加瀬秀雄さんは今回、運営スタッフとして会場でのマネジメントとサポートにあたっていた。
 加瀬さんは現在、この大会を主催する「NPO日本氷彫刻会」の関東地方本部事務局長という立場にあり、自身の出場を差し置いて運営側として多忙を極めている状態だ。
 今回も、前日から大会役員を交えた会合をこなし、当日は朝早くから会場入りして大会の設営にあたった。
 大変だけどとても良い経験をさせてもらっている、と加瀬さんは言う。
 選手として彫っている時は運営スタッフの大変さは分からなかった。でも今はそれが分かる。
運営スタッフとして選手たちのサポートをする立場になった今、自分が選手だった時の経験が活きている。
 氷彫刻はひとりでやっているわけじゃないですから、と。
 実に加瀬さんらしい言葉だと思った。
「でもね、みんなが彫っているのを見てると、やっぱり自分も彫りたくなっちゃいますね」
そう笑う加瀬さんの眼差しからは、氷彫刻への愛がにじみ出ていた。
 役員の年季が明けたら、また選手としてぜひその活躍を見せていただきたいと思う。
 加瀬さんと平田さんがタッグを組む時、作品の完成に向け猪突猛進する平田さんの傍らで、加瀬さんは一歩引いて全体を俯瞰しながら平田さんの世話を焼く、という光景がこれまでに何回もあった。
 今回も競技開始前、加瀬さんが平田さんに「仕上げでかける水大丈夫?」と聞くと、平田さんが「あ!忘れてた!」といって慌てて準備するという場面があった。これも加瀬さんの気配りがなせる技だ。
 競技中も、平田さんのタイミングを見計らったように現れて、必要なサポートを次々とこなす。
 たとえタッグは組んでいなくとも、この二人には「名バッテリー」という表現がぴったりくる。
 冷たい氷がつないだ縁ではあるが、それは熱い絆であるに違いないのだ。
 
 これまで松本の大会で平田さんとタッグを組んだ赤羽目健吾さんと近藤卓さんも、もちろん選手としてこの大会に出場し素晴らしい作品を制作した。その結果、赤羽目さんは特別賞を、近藤さんは準優勝である「東京都知事賞・加賀城章賞」を受賞している。
 平田さんの作品制作の合間を縫って会場内を疾走し、この二人の制作風景をなんとか写真に収めようと努力したが、あまりにも競技展開が速く、ストーリーとして紹介するに足る写真を撮ることはついに叶わなかった。
 断片的ではあるが、お二方の制作風景は違う形でご覧いただけるよう、別の機会を設けたいと考えている。
 
 この大会が雨模様になるのは、極めて珍しいそうだ。
 例年この時期の東京は、梅雨明け間近の暑さに見舞われる。
 去年はそれが特に顕著で、突き刺さるような日差しによって、競技中に気温は30度に達した。
 灼けつく暑さで、彫っている最中にも氷はどんどん解ける。
 解けるだけではなく、強い太陽光によって氷は結晶構造が変化、いわゆる「白化」して、どんどんもろくなる。
 だから昨年は、競技終了と同時に崩壊してしまう作品も多かったという。
 かたや今年は、雨模様とはいえ気温は20度前後。夏としては圧倒的に涼しい。
 ほとんどの作品が競技終了後も形を保ち続け、多くの観客の目を楽しませた。

 だが、氷彫刻はやはり「消える芸術」である。遅かれ早かれ氷彫刻は形を失い、水になって流れ去る。
 私は長らく氷彫刻を写真に撮っているが、実物の氷彫刻は間違いなく写真以上のものであることを断言する。
 だからこそ、より多くの人に自分の目で氷彫刻を御覧いただきたい。
 実際に会場に足を運んで、制作者の情熱に触れていただきたい。

 私のこの記事は大会報告ではなく、
皆さんへ向けた、次の大会会場への招待状だと思っていただければ幸いである。

 
 最後に、平田浩一さん、加瀬秀雄さん、赤羽目健吾さん、近藤卓さんをはじめ、多くの選手、大会関係者の皆様に御礼申し上げます。


 2019年7月

球わかば

 

関連サイト

NPO法人日本氷彫刻会(WEB)・・・サイト内「会員募集」のページに掲載されているパンフに当サイトからも写真を提供させていただきました(上部「鷲の氷彫刻」、下段「平田親子」)
 

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7+

“平田浩一 氷彫刻 『ボールと追いかけっこ』【3】” への2件の返信

  1. 見応えたっぷり。
    観に行った気分になれました!

    あっという間に消え去ってしまう氷の彫刻と、
    瞬間を残す写真。
    良い出会い。

  2. マキさん
    ありがとうございますー(^^)
    ついに氷彫刻を追って県外に出たです。
    氷彫刻は写真と相性が良いと思うんですよ。
    だからみんなもっと撮ればいいのにな、って思います。
    首都圏界隈では一年中氷彫刻のイベントがどこかで行われているので、機会があったらぜひぜひ。
    氷彫刻もすごかったですけど、わたくし的には二十数年ぶりの上野公園で懐かしさMAXでした。氷彫刻で疲れてしまったのでどこにも立ち寄らず直帰でしたが、上野公園なんて丸一日いてもまだ見きれないほどいろいろ満載ですよね。今度、丸一日美術館巡りとかしてみたい!

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