平田浩一 肥田野雄紀 氷彫刻『イルカ』【6】

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まもなく5時。

いつしか雪雲は晴れて
青白い月が光っている。

気温はマイナス5.5℃をキープ。
夜明けに向け、
足元からジリジリと冷気が這い上がってくるようだ。

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氷像制作の最終工程、
表面処理に入る。

氷の表面にお湯を注ぐ。

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氷の表面に残っていた細かい傷や凹凸がお湯の熱で解けて、
すぐにまた凍りつく。
そうすることで、氷にまるでガラスのような透明感を与えることができる。

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細かく彫刻された波の部分にも
慎重にお湯を注ぐ。

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お湯で解けた波の部分は、
彫刻したものとは思えないほど複雑な輪郭線に仕上がる。

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立ち上がった波の部分には、
ペットボトルを使ってピンポイントでお湯を注ぐ。

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波の部分にはまんべんなく表面処理を施しつつ、
イルカには決してお湯がかからないよう
注意を払っているのがわかる。

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どうやら、「波」の部分は透明に、
「イルカ」の部分はつや消し乳白色に、
というデザインのようだ。

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5時10分、
お湯による表面処理が完了。

続いて平田さんは全体のバランスを見ながら
細部に修正を加えていく。

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取り敢えずの完成後も、
気になる箇所には可能な限り
徹底的に手を入れるのが平田さん流。

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イルカは表面処理しないので、
濡らしたタオルで拭って氷屑を除去する。

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5時17分、
修正が続く。

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5時19分。

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5時20分。

ブロワーで全体をクリーニング。

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5時37分、
波の表面処理の修正。

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そして、
5時38分。

氷彫刻「イルカ」
完成。

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氷の波間に乱れ舞う
3頭のイルカの姿。

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5時40分過ぎ、
色付照明によるライトアップ開始。

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「イルカ」は黄色の光で照らされる。

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6時。
気温はマイナス6℃まで低下。

しかし、このライトアップされた氷像をひと目見ようと、
多くの観客が集まってくる。

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6時28分。

東の空が白んでくる。

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7時。
東雲(しののめ)。

強い放射冷却によって
気温はマイナス7℃に到達。

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遠く常念岳に陽の光が届き始める。

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モルゲンロートをバックに
朝の青さを宿す「イルカ」。

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朝の光が満ちてくると、
氷像の細部が一層際立ってくる。

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松本城にも光が差す。

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イルカも口先から
朝日に輝き始める。

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この瞬間が
たまらなく美しい。

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光をまとうイルカ。

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平田浩一・肥田野雄紀・作 氷彫刻『イルカ』。

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この作品は、
第27回 国宝松本城氷彫フェスティバル
全国氷彫コンクールにおいて
見事、金賞に輝いた。

~ 完 ~


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撮影機材
  • EOS5D Mark II
  • EF300mm F2.8 L IS USM
  • EF70-200mm F2.8L IS II USM
  • スノークロスフィルタ

撮影後記(2020年改訂版)

 平田さんはこの大会の前日にあたる1月25日、北海道帯広市にいた。
 開催中の「第50回おびひろ氷まつり」に合わせ開催された「氷まつり氷彫刻記念大会」に出場していたのだ。
 この大会で平田さんは、23日から25日の3日間をかけて氷像を制作、その氷像の作品名は、『龍』。
 2011年にこの松本の大会で父・謙三さんとタッグを組んで彫り上げた、歴史に残る大作だ。
 平田さんは今回この『龍』を再び制作し、最高賞である北海道知事賞を受賞し優勝したのである。

 → 北海道新聞【速報】(2013年1月25日) 

 その翌日の1月26日、平田さんはこの大会のため松本入りする。
 あの大作『龍』を彫り上げた翌日には、遥か松本の地で再び徹夜の氷像制作にあたる。
 いくら稀有な「氷彫刻のプロ」であるにしても、その体力と精神力は並外れたものであることに疑いはない。

 2011年、2012年と、平田さんは父・謙三さんとタッグを組んでこの大会に臨んでいる。
 今回、平田さんが謙三さん以外の選手と組んで制作する模様を初めて見た。
 謙三さんはやはり、数少ない「氷彫刻のプロ」である以上に親子という間柄であったから、二人の間にはいわゆる阿吽の呼吸というべきものが感じられた。
 しかし、今回は経験も経歴も違う相手とのタッグ。
 謙三さんと一緒の時のようにはいかないだろうと思ったが、それは杞憂に過ぎなかった。
 結果は堂々の金賞、素晴らしい氷像が完成したのはご覧いただいたとおりだ。

 今回平田さんとタッグを組んだ肥田野雄紀さんは、イタリアのミラノを皮切りに、都内の人気店で修行を積んだ生粋のジェラート職人。
 ジャンルは違えど、平田さんと同じく「氷」を武器に勝負するプロフェッショナルだ。
 そのジェラート作りの腕前は筋金入りで、20代後半という若さながら、スイーツの全国コンテストで堂々の優勝を飾るなど枚挙にいとまがない。
 氷彫刻においても、平田さん曰く「期待の新人です」とのことだが、2012年1月にイタリアで開催された「コッパ・デル・モンド・デラ・ジェラテリア2012(CMG、通称、ジェラートワールドカップ)」に日本チームの氷彫刻担当選手として出場し、氷彫刻部門で第1位を獲得した実力の持ち主で、もはや新人というには語弊があるほどだ。
 今回、平田さんとタッグを組んで出場したこの大会でも、その氷彫刻の手腕を発揮して黙々と平田さんのサポートにあたり、平田さんの要求どおり的確に氷を彫刻し、精緻なイルカの氷像を完成させたのだった。
 肥田野さんはその後、神奈川県秦野市で2018年にジェラート専門店「アリエッタ・デル・ジェラート」を独立開業し、一国一城の主として、2020年現在もジェラート職人としての手腕をいかんなく発揮していることをお伝えしておきたい。
 → arietta_del_gelato(公式インスタグラム)
 → イタリア仕込みの味「アリエッタ・デル・ジェラート」(All about グルメ)

 この記事は、2012年の2月に旧ブログで公開したものだが、使用した写真や構成がどうしても納得できず、長らく非公開としてきた。
 いつか改訂版を公開したいと思いつつも、なかなか改訂に着手できず、そのまま何年も放置してしまっていた。
 そして迎えた2020年。
 世界は予想だにしなかったコロナウイルスの脅威によって擾乱され、私の住む片田舎でさえ無闇に外出が許されない異常な日常がやってきた。
 写真は撮りに行けないが、時間だけは有り余るほどある。
 長年心の片隅に引っかかっていたこの「イルカ」をリライトするなら今しかないと思った。
 そして、ようやく重い腰を上げたのだった。

 どうせやるなら、と過去に使用した写真の枠にとらわれず、当日撮った2千枚超の写真から使えるものを選定する作業から始めた。
 改めて選定し直していて感じたのは、やはりこの年の作品もとにかく凄い、ということだった。
 平田さんと肥田野さんが全身全霊を込めて作り上げたこの作品を、長らく人の目に触れない状態にしていたことを猛省した。

 旧版では全4回、写真87枚で構成したが、今回は全6回、232枚と大幅に情報量をアップした。
 やはり後世に伝えるべきものの情報は多いほうが良いと思うのだ。

 私事で大変恐縮だが、旧版を書いていた2012年当時は、氷彫刻の撮影についてかなり迷いがあったように思う。
 撮影方法に関しても変な方向へ試行錯誤していて、まるで絶滅直前のアンモナイトみたいに奇妙な構図の写真がフォルダを埋めていて我ながら閉口する。
 第一、氷彫刻の魅力を伝える立場にある私自身が、氷彫刻に対しても、平田さんやタッグを組んだ方に対しても、明らかに勉強が足りていなかった。
 知識が十分でないのに、あたかも分かっているような顔で書いた記事に、今となっては恥じ入るばかりだ。
 関係者の方々にも数々の失礼があったことを遅ればせながらお詫びしたい。

 では今はちゃんとした記事が書けているか、と問われれば、引きつり笑いを浮かべながらじりじり後ずさりするしかないのだが、ただひとつだけ言えることはある。
 当時抱いていた氷彫刻撮影に対しての迷いはもうすでにない。
 平田さんの作る氷彫刻が素晴らしいということ。
 その氷彫刻が完成するまでの工程を記録すること。
 それらを社会に向け伝えていくこと。
 この3つの核が、私を動かしている。

 私は、平田さんの作る氷彫刻が心底好きなのだ。


 2020年5月

球わかば 
 
 

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