平田浩一 中寺吉宣 氷彫刻 ”ファミリー”【11】

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あれほど長かった夜は唐突に去っていく。


6時40分。

照明機材が撤収。

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カラフルだった氷像たちも
みるみる色を失う。

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さらに厚みを増す人の壁。

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6時50分。

北アルプスがモルゲンロートに。

日の出間近。

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この日の出前のわずかな時間、
氷像はもっとも透明で美しくなる。

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7時30分、
氷像に朝の太陽が届き始める。

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この瞬間がたまらない。

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複雑な造形の中で光が乱反射を繰り返し、
氷像は光の塊になる。

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松本城のお堀が薄く結氷している。
この冷え込みがなければおそらく、
このすさまじいまでの造形は叶わなかっただろう。

今回は天気の神様に祝福されたのかもしれない。

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太陽に照らされた氷像を横から見ると
いかに複雑な造形なのかが一目瞭然となる。

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8時。

会場中央ステージ。

表彰式が始まる。

プレゼンターは、
シドニー五輪柔道銀メダリスト・篠原信一さんと
北京・リオデジャネイロ五輪柔道銅メダリスト・中村美里さん。

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結果を待つ出場選手。

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結果発表が始まる。

銅賞は木村裕昭さん・杉本直哉さんによる『勝利の女神』。

銀賞は奥原大介さん・良波学さんによる『静と動』。


そして、金賞。

読み上げられた名前は、
平田さんと中寺さん。

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表彰状授与。

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終始緊張の面持ちだった中寺さんにも笑顔が戻る。

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憧れの平田さんと一緒にできて嬉しかった。
でも緊張した、と中寺さん。

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金賞の二人には
副賞として賞金20万円が贈呈された。

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授賞式が終わるとすぐにヒーローインタビューが入る。

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チャンピオンは忙しいのだ。

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作品名プレートの下には
「金賞」のプレートが輝いている。

あらためて、この複雑な造形に圧倒される。
まさに堂々たる金賞だった。

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平田浩一・中寺吉宣・作
氷彫刻 ”ファミリー”

国宝松本城氷彫フェスティバル2020
ワールドチャンピオンシップにおいて
金賞を受賞した。

― 完 ―

 

撮影機材

  • EOS5D Mark IV
  • EF70-200mm F2.8L IS II USM
  • EF24-70mm F2.8L USM
  • EF300mm F2.8 L IS USM
  • EF50mm F1.2L USM
  • Rクロスフィルタ(一部)

 

撮影後記

 

無理だけどできる

「12時間でできるわけないんですよ。でも、できるんですよ」
 制作が終わってブースを出てきた平田さんは、こんな禅問答のような言葉を口にする。
 去年の自分よりは確実に上手くなっていると思うから、という。
 私なりにその言葉を噛み砕くならば、「去年の自分には無理なことをやっている。だが、去年よりも上達しているのだから、今の自分にはできる」ということだろう。
 今回作った氷像は、まさにその言葉を体現するような作品だった。

 毎年この記事を書くたびに、「平田さんのあまりの手数の多さに驚き、本当に完成するのか、という不安に駆られる」というくだりが入るのはすでに恒例となっている。
 もうこれ以上の手数をこなすのは無理だろう、と毎回思うのだが、平田さんはそんな杞憂をものともせず、さらに手間のかかるデザインをぶつけてくるのである。
 今年もその例外にもれず、凄まじい手数をこなして氷像を完成させたのはご覧のとおりである。

 9年前に初めて平田さんの氷像制作に密着した時は、今と比べれば平田さんにまだ少しは余裕があったように感じられた。
 しかし現在では、制作開始から終了のコールがかかるまで休むことなく、まるで氷の自動切削マシンの如く、一心不乱に氷を彫り続けるのが普通になってきてしまっている。
 今回も平田さんは不眠不休、時折少しの水分を補給するのみで、制作ブースを出ることもほぼないまま朝を迎えている。

 今回の密着撮影で特に印象に残ったのが、制作中の平田さんの表情だった。
 制作中の平田さんは、いつも多彩な表情を見せてくれる。
 それは、制作前の「やってやるぞ」という闘志みなぎる顔であったり、制作が白熱してからは氷の塊に挑みかかる苦悶の表情だったりと、その局面を象徴するような表情をいくつも見せてくれるのだ。
 それが撮る側にとってもフォトジェニックなので、ついつい平田さんの表情にレンズを向けるのだ。
 だが今回、その表情がいつもと決定的に違っていた。
 最初から最後まで、平田さんはほぼ無表情だったのである。
 傍から見ていても凄まじい作業の連続なのに、顔色一つ変えることなく、氷と向き合ったままただ手を黙々と動かす。
 視線もあちこちに向けられることなく、目の前の氷だけをじっと見据えている。
 それはまるで、あらゆる苦悩を超越し達観した修行僧のようであった。
 制作開始から終了まで、それはずっと変わらなかった。

 どうして平田さんがそういう表情で氷を彫っていたのか。同行の加瀬さんに話を聞いて合点がいった。

 平田さんは今回、恐ろしく厳しいコンディションの中でこの大会に参戦していたのである。

 この大会の3日前の1月29日、平田さんは「氷彫刻奥日光大会」の作品制作のため、栃木県日光市「奥日光湯元温泉」に現場入りした。
 翌30日の午後から夜にかけて、平田さんは師範作品として展示される「氷の大鷲」を彫刻、作品は無事仕上がったものの、ここで平田さんは体調を崩した。
 東京から平田さんに同行し、この大会に参加していた加瀬さんの運転で急遽、救急医を受診して事なきを得た。だがすぐに体調は回復してくれない。
 翌31日朝、万全とは言えない状況で平田さんと加瀬さんは奥日光を出発し、一路松本へと向かう。
 松本の大会は2月1日の夕方からだが、平田さんは前日からプレイベントの一環として、氷彫刻のデモ制作を依頼されていたのである。
 当初はデモ制作は断ろうかな」と言っていたんですけどね、と加瀬さん。
 だが平田さんは松本に着くなり「やっぱりデモ制作をやる」と言い出して、結局31日の午後、四柱神社横の公園でユニコーンの氷像を彫り上げた。
 あまつさえ病み上がりという状況で、翌日に夜通し12時の過酷な氷像制作が待っているのである。
 ここは体力の回復を最優先にして、デモ制作は辞退するというのも決してありえない選択ではなかった。
 しかし、そこは平田さんの「プロの氷彫刻師」としての矜持なのだろう。
 依頼されたものは彫る、というスタンスを平田さんは崩さなかった。

 デモ制作によって、本来充電すべきところで逆に放電することを余儀なくされた平田さんは、体調が完全に回復しないまま大会当日を迎えたのである。

 さらに今回の大会は、平田さんにとっていつも以上に気の休まらないものだった。
 なぜなら、名古屋のテレビ番組が、この大会に密着取材を行っていたのである。
 『2位じゃダメなんで!』と題されたその番組の初回放送のテーマとして、この氷彫刻が選ばれた。
 番組のアウトラインは、「トップを目指し奮闘する若き氷彫刻師が、この大会で毎回優勝を重ねる絶対王者に挑戦する」というものであった。
 この「絶対王者」こそが、平田さんなのである。
 当然、平田さん不在では番組が成り立たなくなってしまうので、欠場は許されない。
 そして番組的には、絶対王者らしい横綱相撲を期待されている。
 平田さんにとって、いつも以上に「負けられない」戦いとなるのは必至だった。

 平田さんに求められたのは、体調面でも状況面でも非常に厳しいコンディションの中で、氷を削っているのか体力を削っているのかわからなくなるほどの作業だった。
 平田さんから表情が消えていったのも無理はないのである。

頂に立つ者の視線

 ボクシングでは、タイトル奪取のため立ち向かっていく挑戦者よりも、ひとたび腰に巻いたチャンピオンベルトを防衛するほうが格段に難しい、と聞く。
 ボクシングに限らず、追われる者は常に厳しい立場に身を晒される。
 なぜなら、登頂を目指す挑戦者と違って、すでに自分は頂上にいるのである。
 頂上からの展望にただ魅入られていれば、知らぬ間に麓から追手が迫ってくる。
 孤高の頂点を守り続けるためには、自分が背伸びするしかない。
 以前の自分よりも、何かを向上させていかなければならない。
 すなわちそれは、過去の自分との戦いなのである。
 平田さんの、「無理だけどできる。去年の自分よりは確実に上手くなっている」という言葉はおそらく、そういう頂点に立った者の苦悩をも内包しているのだろう。

 ただ、平田さんが単なる防衛チャンピオンでないことはこれまでの戦績が物語っているし、今回も防衛戦というよりは、積極的に「勝ちに行った」ことは間違いなかった。
 12時間の制作で完成したのは、複雑に込み入った海洋生物の乱舞。
 平田さんの氷彫刻をいくつも見てきたが、今回はいつにもまして周到で、鬼気迫るものがあった。
 それは、鼻差で優勝を狙うというよりも、ゲートが開いた直後から大逃げをかまして、そのまま第4コーナーをぶっちぎっていくような、怒涛のオーバーキルを狙っているとしか思えなかった。
 そして、そのとおりの結果となった。

 間違いなく平田さんは、氷彫刻という山脈のひとつの頂に立っている人に違いない。
 ただ、平田さんは麓の方をあまり見てはいないのではないか。
 平田さんの視線は常に、まだ誰も知らない氷彫刻の未踏峰を探してさまよっている。
 だからきっと平田さんはこれからも、誰も見たことのない氷彫刻の世界を我々に見せてくれることだろう。

氷彫刻の○○

 松本で死闘を繰り広げた後であるから、つかの間の「戦士の休息」が訪れるかと思いきや、この後の平田さんのスケジュールを聞いて卒倒しそうになる。
 この大会の後、平田さんは加瀬さんと一緒に都内に戻ってすぐ、その日の夕方の便で羽田空港から札幌に飛んだ。
 異例の暖冬である今冬は札幌にも雪が少なく、「さっぽろ雪まつり」の会場に本来あるべき雪像を置けなかったりしている。
 そこで、予期せず空いてしまった展示スペースを活用するために、平田さんに氷像制作のお声が掛かったというわけなのだ。
 平田さんはこのリクエストに応え、3日に大通公園で、NHK『有吉のお金発見 突撃!カネオくん』の番組キャラクター「カネオくん」の氷像を彫り上げた。
 → 制作されたカネオくんの氷像(Google画像検索)
 さらに翌4日、平田さんは飛行機で札幌から東京に戻り一時帰宅。
 だが翌5日の朝には、またもや羽田空港から北海道へと舞い戻る。
 今度は旭川市で行われる「2020年氷彫刻世界大会」に運営役員として参加するためである。
 今回は選手としての参加ではないので楽なのではと思いきや、役員といえども制作時間帯は寝ずに会場を巡回したり、夜中の会議が繰り返されたりして、体力的にはかなり厳しいものがあるらしい。
 選手は6日から40時間の制作を経て、8日午前に表彰式が行われ解散となるのだが、平田さんは運営役員の仕事が終わった翌9日の午前中、会場において役員による氷彫刻のデモ制作を請け負っていた。
 その日の旭川の最低気温はマイナス25.7℃、11時でもマイナス10度を下回っていたという。
 その極寒の中で平田さんは、地元旭川のバレーボールチーム「ヴォレアス北海道」をイメージした、スパイクを打つバレーボール選手の氷像を彫り上げた。
 → 旭川でのデモ制作の模様(NPO法人日本氷彫刻会HP)
 つまり平田さんは、1月29日に都内を出発してからほぼ2週間、日本各地を行き来しながらずっと氷彫刻に携わっていたのである。
 平田さんの過酷なスケジュールについて加瀬さんから聞くにつけ、もはや溜息しか出なかった。

 「そんな平田さんは最近、皆から『氷彫刻の○○』って呼ばれてますよ」
と加瀬さんは言う。
 超絶技巧を凝らして次々と氷像を完成させる早業を見せる平田さんは、以前から業界内で「氷彫刻の天才」とか「氷彫刻の神」「氷彫刻の化け物」と呼ばれることがままあった。
 しかし最近では、平田さんのあまりにも常軌を逸した彫刻技術のせいで『氷彫刻の○○』という、称賛なのか揶揄なのかよくわからない称号で呼ばれ始めたのだそうだ。
 ご本人の名誉のため、あえて○○の部分は伏せ字としたが、これを話す加瀬さんが終始嬉しそうにしていたことだけは付け加えておきたい。

平田さんと道具のこと

 制作中に、平田さんの使っている一番小さな三角ノミが残氷の山の中に紛れ込んでしまい、探してもすぐには見つからないというハプニングがあった。
 当然、専属ピットクルーである加瀬さんが自前の三角ノミを平田さんに渡してその場を凌いだのだが、戻ってきた加瀬さんが「平田さんが使ってくれたので良かった」と言っている。
 聞けば、平田さんの道具に対する要求は恐ろしく高くて、平田さんの手に馴染む道具というのはごくごく限られているのだそうだ。
 様々な氷像の制作現場で自前の道具が使えなくなってしまったりすると、誰かに借りたりすることがあるのだが、切れ味だったり研ぎの角度だったり、使い勝手に少しでも違和感があるとすぐに使うのを止めてしまうのだという。
 だから今回のように、道具を貸して使ってもらえたということは、道具の質もメンテナンスも、平田さんの要求水準を満たしているということなので嬉しい、というわけなのだ。
 以前、加瀬さんが道具のトラブルで、平田さんからノミを借りて使ったことがあった。
 借りたノミの感触について加瀬さんは、
「まさに異次元の切れ味でしたよ」
と振り返る。
 その時以来、加瀬さんの研ぎに対する考えが変わったという。
「ほら、平田さんのチェーンソーの音、他の人のとはちょっと違うでしょう」
 加瀬さんに言われて耳を澄ますと、確かに違って聞こえる。
 チェーンソーは軽快な音を立てながら、硬い氷の中を滑るように進んでいく。
 聞けば、チェーンソーの刃でさえ、氷を切りやすいように独自のカスタマイズを刃先に施しているそうなのだ。
 平田さんにって道具とは、すでに手指の延長線上にある身体の一部なのだろう。
 完全に手に馴染んで感覚的に使いこなせるようになった道具だからこそ、あれほどの氷像を彫り上げることができるのかもしれない。
 「できる男は道具にこだわる」とは陳腐な言い回しだが、こういう平田さんの姿を見ると、このフレーズもあらためて違った意味を持って聞こえてくるのである。

中寺さんのこと

 平田さんがいつにもまして鬼気迫る様子で氷を彫っていたから、タッグを組んだ中寺吉宣さんは平田さんの要求に応えるという面においても、さぞ大変だったろうと思う。
 中寺さんの氷彫刻のキャリアは長い。
 この松本の大会へもこれまで何度も出場されているし、WEBで検索すれば、中寺さんの氷彫刻に関連した記事はいくらでも出てくる。
 今回もそういうベテランらしい、危なげない作業を中寺さんは見せてくれた。
 その中寺さんが「憧れの人」と称する平田さんとの初タッグ。
 後のコメントのとおり、中寺さんの緊張感が見ている側にも伝わってきた。
 平田さんの存在感は、私のような外野席からよりも、氷彫刻へ携わる人から見れば、ずっとずっと大きいものであることを中寺さんは教えてくれる。
 テレビの取材やタイトなスケジュールだったせいもあり、中寺さんとはあまり言葉を交わせなかったが、黙っていても中寺さんからは氷彫刻への愛情をひしひしと感じた。
 今後も中寺さんの活躍をねがってやまない。

加瀬さんのこと

 平田さんから「我らが総監督、加瀬さんも今日来てますからね」と言われたときは本当に驚いた。
 厚手の防寒着に毛糸の帽子、リュックサックを背負ってマスク姿で現れた加瀬さんは、いつもと違う、まさに「観客スタイル」といういでたちだった。
 だがいざ制作が開始されると、「今日はゆっくり見取り稽古ですよ」という言葉とは裏腹に、いつでもサポートに入れるよう手には軍手をはめ、常に戦闘態勢を解こうとしない加瀬さんの姿がそこにあった。
 そして実際に、いくつもの難曲面が加瀬さんのサポートによって事なきを得たのである。
「松本のホテル取っといたからもちろん加瀬さんも来るよね、って平田さんに言われちゃったんで来ましたよ」
と加瀬さんは笑うのだが、加瀬さんが単なる旅の同伴者でないことは明らかだった。

 2016年にこの大会で初めて平田さんとタッグを組んだ時から、加瀬さんは氷彫刻の師弟という関係を越えて、平田さんのことを気遣っている様子が見て取れた。
 とにかく平田さんのことが心配で仕方ない、といった様子で、飲まず食わずで完成に向けひたすら突き進む平田さんに「食べないと身体が保たないから」と食事を差し入れたりしている。
 そういう自ら女房役を買って出る加瀬さんに、平田さんもまた絶大な信頼をおいているのも確かだろう。
 今回もそういう名バッテリーの関係は変わることなく、初日に東京を一車同乗で出発して以降、加瀬さんは日程の大半を平田さんと一緒に過ごし、そのサポートにあたったのである。

 そして最終日に、旭川でデモ彫刻をする平田さんの動画【1】 【2】を見た。
 実はこの動画の中にも、加瀬さんが写っている。
 氷を彫る平田さんの傍らで、スタッフジャンパーを着た加瀬さんがスコップ片手に台座上の残氷を処理したり、使い終わった道具を片付けたりと、平田さんのサポートをここでも献身的にこなしている。
 図らずも動画の中に甲斐甲斐しく働く加瀬さんの姿を見つけた瞬間、私は平田さんが松本で作った氷像のタイトルを思い出して、思わず胸に迫るものがあった。
 ファミリー。
 そうだ、ファミリーなのだ。

 今回、平田さんを取り巻く状況は大変シビアだったので、例年のように平田さんとゆっくり話すことができなかったのにも関わらず、記事をこれだけ厚くすることができたのは、ひとえに私の横で逐一実況をしてくださった加瀬さんの力によるところが大きい。
 加瀬さんにはあらためて感謝したいと思う。
 今年度加瀬さんは氷彫刻NPOの役員に任命されたこともあり、なかなか選手として出場するチャンスに恵まれなかったが、今後年季が開ければまた加瀬さんの氷彫刻を鑑賞できる機会も増えることだろう。
 楽しみにしている。

おわりに

 いつも、この氷彫刻の記事を書き終わるまでは春は来ないような気がしている。
 本当であればもう少し早く仕上がる予定だったが、雑多なイベントに時間を奪われるうちにこんな時期になってしまったことをまずお詫びしたい。

 密着撮影も通算10回目となったが、いまだに新たな発見があることに驚く。
 氷彫刻の世界、とりわけ平田流氷彫刻の世界は奥深いのだ。
 10回くらい撮っただけでつまびらかにできる世界ではないことを実感する。
 これからも、まだまだ平田さんの氷彫刻をこの目で見届けていきたい。

 最後に、
 平田浩一さん
 中寺吉宣さん
 加瀬秀雄さん
 今大会に出場された選手の皆様と
大会運営関係者の皆様
 氷彫刻を支えてくださる大勢の皆様
 そして、このブログを訪れてくださる皆様に心より御礼申し上げます。

 

2020年3月5日
球わかば


 

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