平田謙三 平田浩一 氷彫刻『遊泳』【5】

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午後9時を回ると
観客の数も次第に少なくなる。
それぞれのチームは
ただ黙々と氷に向き合っている。

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浩一さんの彫刻していた氷塊からは
魚のヒレのような形が現れてきた。

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その表面に、浩一さんによる「ウロコ彫り」が始まる。

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このウロコ彫りは浩一さんの技の真骨頂とも言えるもので、
氷の上をドリルで素早くなぞるだけで、氷からみるみるウロコが生えてくる。

実際は彫っているのだが、見ている側の感覚としては「生えてくる」が正しい。

浩一さんは、氷の表面にウロコに見える筋をただ彫っているのではない。
彫られたウロコは、本物と同様に一枚一枚が独立し、
それぞれがウロコ特有の凹凸を備えている。

この形状を作り出すには、ある一定の角度でドリルを氷に当て、
斜めに生えた小さな氷板をまず作り、さらに表面を凹面に切削することが必要なのだが、
浩一さんはこの一連の動作を、いとも簡単そうに流れるようにして一気に行うのだ。

さらに氷の曲面や部位に応じて、ウロコの大きさや角度を微妙に調整しながら彫り進め、
気がつけば、いつの間にか平坦だった氷の表面は今にも動きだしそうなウロコにびっしりと覆われているのである。

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ウロコ彫りを施された氷彫。
コンセプトが次第に明らかになってくる。

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氷彫製作が決して楽な作業ではないことを
謙三さんの表情が物語る。

製作が進むに従って、作業場には切削した氷屑が溜まる。

この氷屑を片付けるのも、また重要な作業だ。

歯を食いしばり、
体力をすり減らすような肉体作業が明け方まで続くのだ。

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午後10時。

ついに、恐れていたものがやってきた。

雨。

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会場を照らす照明に白い筋を曳きながら
明らかに雪ではないはっきりとした速さを持って
落ちてくる水滴。

このまま、なんとか雨脚が強くならずにいて欲しい。

そう祈ることくらいしか術はない。




氷彫の仮切断作業が始まる。

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平田さん親子は大きな作品を作る場合、
最初から最大の高さまで氷を組み上げることはせず、
別々の部品に分け、おおまかな細工を施してから
一体の氷彫として統合する方法を取る。

しかし、別々に細工した部分といえども、
数十キロある氷をそのままひょいと持ち上げて
所定の高さに組み上げるということは
重量においても細工後の強度においてもかなり困難である。

主催者側の用意するフォークリフトの力を借りるという手もあるが、
どうしても手作業にはない、予測不能なリスクを伴う。

ギリギリの製作時間の中、主要な部品が壊れてしまえば
復旧することは限りなく難しい。

そこで、彼等は造形した部品を、
角氷の筋目にそって手で持ち運べる大きさに一旦分解し、
それをまた一体のものとして接合し直すのである。


筋目にそって慎重にノコギリを入れる。

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切り離した部品は、溶けてしまわないよう
ドライアイスの入った「即席冷凍庫」で
大切に保管する。

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分解と再接合の手順について、
何度も検討が入る。

摂氏10度近い高温下での作業。
手順ミスは命取りになりかねない。

熟練の親子といえども
慎重にならざるをえないのだろう。

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次々と分解されていく氷塊。

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二人がかりで
大切に運ばれる。

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氷の切断面にはドライアイスが載せられる。
これは、氷同士を再接合させる際、
接合面の温度が低ければ低いほど、
素早く強固に接着できるためだ。

いわば、「氷の傷を早く癒やす」ための手当なのである。

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先ほどまでのなだらかな姿の氷はもうどこにもない。

完成形まで直線的に進んでいかないところが
平田流氷彫刻の不思議でもあり魅力でもあるのだ。

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【6】に続く

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