平田浩一 加瀬秀雄 氷彫刻 『Crystal Fairy』【10】

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氷彫刻のライトアップが始まる。

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『Crystal Fairy』に当てられたのは
ピンク色の照明。

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森の切り株で
大きく羽を拡げて憩う
氷の妖精。

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ライトアップされた氷彫刻を目当てに
カメラマンが大挙して押し寄せる。

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夜明けまでの
僅かな間だけ
幻想的な光景が広がる。

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観客の喧騒を背に、
完成したばかりの氷彫刻を
感慨深げに眺める
二人の姿があった。

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観客から記念撮影のリクエスト。
二人に笑顔が戻る。

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空が白み始めた。

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氷の妖精に
しばし目を凝らす。

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夜明け間近。

夢から覚めるように
色を失っていく氷彫刻たち。

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朝焼け。

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日の出前の
まだ青い光の中に佇む
氷の妖精。

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両脚には
今にも動き出しそうな
曲線が宿る。

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東の稜線から顔を出した朝陽から
一直線に光が差し込む。

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その時、氷の妖精は
光という血液を全身に巡らせて輝く。

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どこからともなく現れ、やがて
解けて跡形もなく消えてしまう。

氷彫刻の在りようは
まさに妖精のようだ。

この美しい造形も
明日には、この世のどこにも存在していない。

今日、妖精の姿だった氷は
明日には形のない水になって
この星のどこかを巡っている。

氷彫刻は儚い。
だからこそ美しい。
そこが、見る人の心を打つのだろう。

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朝日に照らされる氷彫刻を見届けたかのように
平田さんと加瀬さんが会場を後にする。

他のチームの作った氷彫刻を
楽しそうに眺めながら歩く。

やがて二人の姿は
観客の雑踏に紛れて
見えなくなった。

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もう、こんな長い夜を
見られなくなってしまうと思うと
やはり寂しい。

だが、
この松本の大会はなくなっても
彼らの氷彫刻は続いていく。

これからも美しい氷彫刻が
いくつも作られていくことだろう。

そして、願わくはいつの日か
またこの場所に戻ってきて欲しい。

素晴らしい氷彫刻の世界を
また我々に見せて欲しい。

そんな未来の訪れを
心から願っている。


平田浩一・加瀬秀雄・作
氷彫刻『Crystal Fairy』。

第31回 国宝松本城氷彫フェスティバル
全国氷彫コンクール「The Final」において
銀賞を受賞した。


― 完 ―


撮影後記

 「女性像は氷彫刻師として高い技量が要求される割に、お客さん受けがあまり良くない」

 昨年の大会後、平田さんはそう語っている。
 今回、平田さんと加瀬さんは敢えてその女性像の制作に挑んだ。
 12時間をかけ二人が完成させたのは、切り株の上で薄い透かし羽を大きく広げ佇む氷の妖精。

 今回の制作において最も特徴的だったのは、その透かし羽の制作過程だった。
 平田さんはこれまでにも、翼を生やした生物を何度も彫っているが、それらは全て「鳥類の翼」であり、その翼には平田さんのお家芸とも言うべき、幾重にも生え揃う羽根が彫り込まれたものが多かった。

 ところが今回の透かし羽は、これまで作ってきた翼とは全く趣きが異なる。
 今までが「鳥類の翼」だとすれば、今回はいわゆる「蝶の羽」だ。
 薄い一枚の羽を細い根元だけで支えねばならないばかりか、羽自体も平板ではなく透し彫りの構造になっていて、強度的にも従来とは全く事情が異なる。

 限られた制作時間の中で、透し彫りにした大きな羽をどうやって作るのかが最初の課題だった。
 これまでのようにまず氷を組み上げ後から細工を施すというやり方では、時間の面からも強度の面からも完成に漕ぎ着けることが難しい。
 そこで平田さんが考え出したのは、まず厚めの氷板で透し彫りにした羽を作り、それを2枚にスライスすることで左右の羽を一度に作るという手法だった。
 それは、一枚の紙を折ってからハサミを入れ、開くと線対称の絵柄が出来上がるという、切り絵の手法に近い。
 平田さん曰く「全く初めての試み」というその作業には多くの困難も伴った。
 左右対称の羽を実現するためには、後にスライスされる氷板への透し彫りを正確に行う必要がある。
 もしも透し彫りで、羽に斜めの穴を開けてしまえば、左右で羽の大きさや模様が変わってしまうことになるからだ。
 透し彫りを担当した加瀬さんにも、非常に高い精度の加工が求められた。

 さらに、今回違ったのは彫刻の「表裏」だ。
 松本城の大会では、お堀のすぐ横で制作と展示が行われるので、彫刻は常に一方向から観客の視線に晒される。
 それは別の見方をすれば、観客から見えないいわゆる「裏」の部分は、彫刻する必要がないということでもある。
 平田さんはこれまでにも、立体感やリアルさを追求するために、敢えて見えない部分にも手を入れることがあった。だがそれはあくまでも「表」が主で「裏」は従の力配分だった。
 しかし今回作った透かし羽は、その名の通り「向こうが透けて見える」構造で、表裏の概念が当てはまらない。
 だから平田さんは必然的に、透かし羽の両面に細工を施さなければならなかった。

 透かし羽の組み上げも困難を極めた。薄く脆い透かし羽は、他のパーツのように一気に組み上げることはできない。
 落下や破損を防ぐため、平田さんは羽を通常よりも小さなパーツに再分割して、少しずつ組み上げる手法を用いた。
 この手法によって作業の安全性と確実性は高まったが、その一方で、氷の接合作業は圧倒的に増加した。
 氷を再分割すればその分だけ、接合の回数は必然的に増えることとなる。そして、氷彫刻の制作において、最も不確定の要素をはらんでいるのがこの接合作業なのである。
 重ね合わせた氷同士が氷結して融合するかどうかは、その氷のコンディションや周りの環境に大きく左右される。
 制作者がいつもと同じ正確な手順を踏んでいたとしても、同じように氷が接合できるとは限らないのだ。
 今回の透かし羽は、そういう接合作業の不確定性をもろに反映した。
 薄く接合面が小さい羽のパーツはしっかりと密着させても、なかなか思うように融合してくれない。
 平田さんと加瀬さんは、濡れた軍手から直に伝わる氷の冷たさと痛みに耐えながら、長時間氷を支え続けた。
 さぞ辛い作業だっただろうと、完成後、加瀬さんにそのことを尋ねた。
「氷をくっつけることに精一杯で、冷たさや痛さを感じている余裕がないですよ」
と加瀬さんは笑う。
 彼らは、そんな心頭滅却するが如き境地で氷を彫っているのだ。
 改めて、氷彫刻制作の過酷さを思い知った。

 私はこの大会で氷彫刻の制作を追いかけ始めてもう8年になる。
 氷彫刻の制作過程についてはだいぶ分かったつもりになっていたが、今回の制作過程はいまだ見たことのない手順で進められた。
 それゆえ、工程の先を読むことが中々できなかった。
 作品が果たして完成するのか、未完成のまま終了のゴングが鳴りはしないか。ファインダーを覗きながらいつになくハラハラさせられたというのが正直なところだ。
 そういう「従来のやり方に囚われない」ところにも、平田さん流の氷彫刻へのスタンスが滲み出ている。
 「お客さん受けが良くない」女性像を避けて、100%得意技を使って勝ちにいくこともできる。だが、そこで敢えて女性像の制作に挑む。
 ただの女性像ではなく、妖精というテイストを加え平田さんらしさもしっかりと演出する。
 これまでに培った得意技を使いこなしながらも、さらに新しい何かを探す。
 それは、現状に安住することなく常に新しい地平を開拓しようとする精神だ。
 今回の大会は平田さんのそういう姿勢が大いに発揮されていたと思う。

 完成後、作品の出来栄えについて平田さんは
「本当に大変だった。今年もとにかく手数が多かった」
と振り返る。
 去年の大会でも手数の多さに手こずっていた平田さんだが、今回は去年にも増して手数を増やした。
 そこには「楽に作れるものを作っていても仕方ない」という平田さんなりの矜持がある。
 不可能かもしれないギリギリの線を狙っているのだ。
 今回、この作り方で完成させられることは分かったが、一方で制作過程に課題も見えてきた、とも話す。

 平田さんはこの松本の大会の2週間後、北海道旭川市で開催される「氷彫刻世界大会」で個人戦部門に出場が決まっていた。
 その大会で平田さんは、40時間に渡って、たった一人で氷を彫り続ける。
 そこでまたこの氷の妖精を彫る予定なのだという。

 その世界大会当日、平田さんに励ましのメール送る。
すると「松本では銀賞だったのでリベンジです」という頼もしい一言が返ってきた。
 そして、その言葉どおり平田さんは松本からさらに進化させた『Crystal Fairy』で個人戦最優秀賞(内閣総理大臣賞)をその手に勝ち取り、松本のリベンジを見事果たしたのである。
 いつだって平田さんは「勝ちに行く男」なのだった。

 今回、再び平田さんとタッグを組んだ加瀬秀雄さんについてもいくつか記しておきたい。

 平田さんが同じ人と1年以上タッグを組むというのは実はとても珍しい。
 平田さん曰く、「これまでに数人だけ」だそうだ。
 平田さんが組む相手を頻繁に変えるのは平田さんの心が移ろいやすいということではなく、そこにはちょっとした事情がある。

 平田さんのように氷彫刻そのものを生業として毎日毎日休むことなく氷を刻み続ける、いわゆる生粋の氷彫刻師は非常に稀有な存在だ。
 かつ、平田さんの氷彫刻の技術はいまや誰しもが認めるところとなっている。その平田さんの技を体得しようと明日の平田浩一を目指す新進気鋭の氷彫刻師達から「ぜひタッグを組ませて欲しい」というリクエストが常にあるのだという。
 平田さんとしても、そういう志高い彼らの希望になんとか応えたいという気持ちがある。
 だからどうしても、短期間でタッグを組む相手を変えざるを得ないのが目下の現状なのである。
 加瀬さんとて、長きにわたるその「順番待ち」を経て、平田さんとのタッグを実現させたのだ。

 加瀬さんが平田さんと知り合ったのは今から10年前。
 加瀬さんが勤務している職場の宴会を、ホテルニューオータニで開いたのがきっかけだった。
 その宴会場のテーブルに平田さんが彫った氷彫刻が華を添えている。
 それを見た加瀬さんは驚いた。加瀬さんは和食料理人として氷の器などの「氷細工」を作ったことはあったが、こんな大掛かりで存在感のある氷彫刻を間近で見るのは初めてだ。その迫力に圧倒された。
 「この彫刻を作った人をぜひとも紹介して欲しい」そう願い出た加瀬さんのところにやってきたのが平田さんだった。
 その初対面の場で、平田さんの「じゃあ、氷彫刻やってみますか」という誘いに二つ返事で応えたのが、全ての始まりだった。
 平田さんはその時の様子を「加瀬さん、すぐに食いついてきたんでね」と嬉しそうに話す。

 それから加瀬さんは本業の傍ら、氷彫刻の技を日々磨きながら自分をこの世界に招き入れてくれた平田さんといつかタッグを組むことを希望し続けてきた。
 その希望がようやく叶ったのが去年の大会だ。
 「10年経って、ようやく組めたんですよ」と平田さんは言う。
 去年の大会で、この平田加瀬ペアは金賞を受賞し、続く氷彫刻世界大会では最優秀賞である総理大臣賞を見事、勝ち取っている。

 平田さんと加瀬さんが1年間という基本時限を超えて今もなおタッグを組むことには様々な理由があるのだろう。
 だが、その数ある理由のうちの一つは加瀬さんの人柄にあるように思えてならない。
 加瀬さんは氷彫刻で平田さんに教えを請いつつも、どこか平田さんの世話を焼くようなところがある。いざ氷を彫り始めると、不眠不休、飲まず食わずで猛進する平田さんに横からそっと陣中食を差し出したりする。
 いわゆる、良い「女房役」なのである。
 加瀬さんが平田さんよりもひと回り年上だということも勿論あるだろうが、それ以上に、加瀬さんが「気配りの人」であるところが大きいような気がする。
 今回の制作現場でも自分の作業を進めつつ、常に平田さんの動きを読み、先んじて必要なサポートに入ろうとする加瀬さんの姿が強く印象に残った。
 そんな名女房である加瀬さんに「平田さんとペアを組むのはやはりひと味違いますか」と聞いてみる。
「いざ作業が始まると、自分の仕事に手一杯で平田さんの技を盗む余裕もなくなっちゃいますよ」
と加瀬さんは苦笑する。
「平田さんは、本当に作業の手が速いです」
そんな平田さんに追随していくのがやっとだ、ともいう。
 だが、謙遜気味にそう話す加瀬さんの手業は去年より明らかに上達しているのも確かだ。
 氷を彫る技術も、平田さんのサポートに入る身のこなしも、去年の加瀬さんより、一味も二味も変わっている。
 やはり、生粋の氷彫刻師とともに過ごす濃密な時間は本人もあずかり知らぬところで己の技に磨きをかける力を持っているようだ。

 そして今日も、加瀬さんのように、平田さんに薫陶を受けた新鋭の氷彫刻師たちが平田さんの新たなライバルとして成長を続けている。

 日本の氷彫刻はまだまだ面白くなっていきそうだ。


― 【追記】に続く ―

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