祭囃子妖艶2017【後編】 大黒町舞台~若一王子神社例祭奉祝祭

長野県大町市 若一王子神社 例祭奉祝祭(宵祭)
【前編】

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艶めかしさは
その指先に宿る。



祭囃子妖艶2017
EOS5D Mark IV + EF70-200mm F2.8L IS II USM + ブラックミストNo.1

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EOS5D Mark IV + EF70-200mm F2.8L IS II USM + ブラックミストNo.1

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EOS5D Mark IV + EF70-200mm F2.8L IS II USM + ブラックミストNo.1

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祭囃子妖艶2017
EOS5D Mark IV + EF70-200mm F2.8L IS II USM + ブラックミストNo.1

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EOS5D Mark IV + EF70-200mm F2.8L IS II USM + ブラックミストNo.1

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雨は
降りしきる。

EOS5D Mark IV + EF70-200mm F2.8L IS II USM

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祭囃子が
響き渡る。

EOS5D Mark IV + EF70-200mm F2.8L IS II USM + ブラックミストNo.1

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EOS5D Mark IV + EF70-200mm F2.8L IS II USM + ブラックミストNo.1

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祭囃子妖艶2017
EOS5D Mark IV + EF70-200mm F2.8L IS II USM + ブラックミストNo.1

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EOS5D Mark IV + EF70-200mm F2.8L IS II USM + ブラックミストNo.1

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EOS5D Mark IV + EF70-200mm F2.8L IS II USM + ブラックミストNo.1

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祭囃子妖艶2017
EOS5D Mark IV + EF70-200mm F2.8L IS II USM + ブラックミストNo.1

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EOS5D Mark IV + EF70-200mm F2.8L IS II USM + ブラックミストNo.1

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宵祭も終盤。

全ての舞台が一斉に動き出す。

EOS5D Mark IV + EF70-200mm F2.8L IS II USM + ブラックミストNo.1

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EOS5D Mark IV + EF70-200mm F2.8L IS II USM + ブラックミストNo.1

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EOS5D Mark IV + EF70-200mm F2.8L IS II USM + ブラックミストNo.1

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舞台がすれ違うと始まる
「喧嘩囃子」。

EOS5D Mark IV + EF70-200mm F2.8L IS II USM + ブラックミストNo.1

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舞台同士が
それぞれのお囃子を
ぶつけ合う。

EOS5D Mark IV + EF16-35mm F2.8L II USM + ソフトン(A)

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競り合いながら重なる響きに
宵祭は最高潮を迎える。

EOS5D Mark IV + EF70-200mm F2.8L IS II USM + ブラックミストNo.1

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そして
舞台はそれぞれの町内へ。

EOS5D Mark IV + EF16-35mm F2.8L II USM + ソフトン(A)

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祭囃子が
遠ざかる。

祭提灯と椅子
EOS5D Mark IV + EF50mm F1.2L USM + ブラックミストNo.1

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再び訪れた
夜のしじま。

提灯が静かに光っている。





撮影後記

私が撮影をしていると、とある会話が耳に入ってきました。
「この舞台の素晴らしいところって分かります?
あれ見てください、ロウソクの灯りですよ。
他の舞台は、みんな電気に変わっちゃってますけど、
うちは本物の炎の灯りなんですよ。
気をつけないと燃えちゃいますけど、
それでもうちはロウソクなんです!」
そこには、舞台を写真に収めようとしているお客さんに
一生懸命レクチャーする、大黒町の方の姿がありました。

私はこの会話を聞いて、
心底嬉しく思います。
ああ、この人達は「何が大切なのか」を理解して
それを守ろうとしているんだな、と。

傍目に素晴らしいものであっても、
それを所有する人がその価値に気付かず
利便化とか近代化という名のもとに
大切なものを消失させてしまう悲劇は
往々にして起こります。

そして、失われたものは
ほとんどの場合、元には戻りません。

そういう悲劇を回避するには
それを所有する人が
そのものの価値を理解していることが
何より必要です。

そして、大黒町の方々は
そのことを分かっている。
素晴らしいことです。

言わずもがな、
精緻な彫刻に飾られた大黒町舞台は
長野県宝にも指定されるほどの、
美術的にも大変価値の高いものです。

しかし、
この舞台の素晴らしさは
それだけにあるのではありません。

この舞台が素晴らしいのは
今もなお
「生きている」
舞台だということです。

いくら文化財的価値が高いものでも、
それが人の営みから切り離された時
その物は、死にます。

この大黒町舞台とて、
祭の日、表に曳き出されることなく
博物館に展示されるだけになるとしたら、
それはもう、よくできた一つの工芸品に過ぎません。
美術館に展示された仏像のような
白々しいものに
成り下がってしまいます。

でも、この大黒町舞台は
今なお、人々の営みの中で
呼吸しています。

2年ぶりに見た
お囃子奏者の皆さんは
その中の幾人かが
新人デビューを果たしていました。

江戸時代から守り受け継がれてきた
この舞台が身体なのだとしたら、
そのなかでお囃子という祭のエネルギーを
世代を超えて
新陳代謝を繰り返しながら継承しつづける
お囃子奏者や保存会の方々は
舞台の血液ともいうべきものです。

この舞台が生きているというのは
そういうことです。

そして、
ただ漫然と生きるのではなく
大切なもの、
守るべきものを
皆の力で
未来に繋いでいく。
大黒町舞台には
そんな「魂」を感じます。

この舞台が私を惹きつけてやまない理由は
そこにあります。

あらゆることが簡略化され
本来の意義をを薄れさせていく中で、
昔ながらの物事を守り受け継いでいくことは
至極大変なことです。
そこには、楽しいことよりも
苦しいことのほうが多かったりします。

私がこの舞台を初めて見たのは、
今、後進の指導にあたっている諸先輩方が
若手のお囃子奏者として活躍されていた頃のことです。

それから幾星霜。
大黒町舞台はその頃と変わらぬ佇まいで
お囃子の音色を響かせています。

願わくば
今後、数十年、数百年と
それが続いて欲しいと思っています。

私はそんな大黒町舞台の今の姿を
ささやかながらも
写真として残していけたら、と
思っています。

今年も伊藤美晴さんをはじめ
大黒町の皆様には大変お世話になりました。
心より御礼申し上げます。

球わかば

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