安曇野の白鳥シーズン7【外伝】3 ― ピーちゃんたち、春。

長野県安曇野市豊科・穂高北穂高

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4月。

北帰行が終わり
再び静けさを取り戻した
白鳥湖のほとり。

ピーちゃん、フクちゃん、のぶちゃん。

怪我で飛ぶことのできない
3羽の白鳥が
この安曇野に留まる。

最初はどこか
よそよそしかった3羽も今は
仲良く日向ぼっこをする仲になった。

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ピーちゃん。

失踪騒動の後は
少し大人びた様子で
穏やかに暮らしている。

もう皆を心配させないでおくれ。

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フクちゃん。

保護舎にいた頃の警戒心も解けて
人が近づいてもあまり怖がらなくなった。

とはいえ、
「なんか面倒くさそうな人間が来たなぁ」
という素振りはされてしまうのだけれど。

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カメラを持った人間を横目に
億劫そうに腰を上げ
そのまま水面へ。

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水に入るのも
3羽一緒だ。

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フクちゃんとのぶちゃんが連れ立って
水面を泳ぎだした。

「ちょっと待ってー」
と言いたげに後を追うピーちゃん。

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3羽は水面を泳ぎまわりながら
首を縦に振って短く鳴き交わしている。

飛び立つ合図の鳴き方だ。

しかし、

3羽は皆、飛ぶことができない。

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フクちゃんが呼びかける。

「飛ぼうよ!飛ぼうよ!」

そういうメッセージだとはっきりわかる。

のぶちゃんもピーちゃんも
フクちゃんの呼びかけに応えて
首を縦に振り続ける。

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フクちゃんとのぶちゃんが
同時に水面を蹴った。

白い飛沫が上がる。

 

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水面を走りながら、
力強く羽ばたく2羽。

フクちゃんの翼は歪んでいる。
のぶちゃんは左翼の半分がない。

いくら羽ばたいても
その翼に
彼らを空に押し上げるだけの力はない。

けれど、
2羽は
諦めずに羽ばたく。

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宙に浮かぶことができないまま

のぶちゃんは池の半分ほどを、
フクちゃんは池の端までを、
懸命に走った。

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2羽のその様子を
ピーちゃんは少し離れて見ていた。

そして、

2羽が走り終えたその直後、

ピーちゃんも水面を蹴ったのだ。

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ピーちゃんは
右翼が根元からない。

大きく羽ばたくだけで
身体の重心が崩れてしまう。

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まっすぐに水面を走ることすらできないが、
それでもピーちゃんは
片翼でもがくようにして羽ばたきながら、
全力で走った。

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飛べない3羽の白鳥は
それからまた岸辺に集まって
羽繕いを始めた。

飛べなくても、
翼は白鳥の命だ。

いつか風に乗るその日まで
手入れは欠かさない。

長い間地上に降りてはいるけれど
空をゆく鳥の魂は忘れてないんだぞ、
とでも言うかのように。

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白鳥たちは
私達が想像しているよりも
ずっと強く、たくましい生き物なのかもしれない。

彼らの生きざまをみて
そう思わずにはいられないのだ。

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白鳥湖のすぐ近く、

土手のスイセンが
花を咲かせている。

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春がやってきた。

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北穂高、
狐島の水田。

ピーちゃんとフクちゃんが去った保護舎。

この冬の大雪で大きく壊れた。

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白鳥たちが訪れぬまま
春を迎えた水田。

この場所に立つと、
あの賑やかだった日々が
今も目に浮かぶ。

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すっかり春色になった空を
ツバメが矢のような速さで飛んでゆく。

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こうしている間にも着実に、
季節は春へ、夏へ、
そして次の冬へと
進んでいる。

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色々なものが変化し、失われ、
やがて忘れられていくけれど、

白鳥たちは
今日もこの空のどこかで
命をつなぎながら
たくましく生き続けている。

そのことだけは
変わることがない。

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だからせめて私達も
前を向いて歩いて行こうと思う。

次の冬に
また彼らに会えることを
心待ちにしながら。



 

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