
写真を始めたそもそもの発端は、お世辞にも前向きなものではなかった。
惰性と消去法で歩んでしまった若き日々の代償として、私はさして興味もない職業につくことになった。
正直なところ、私は仕事の成果が形として残る職業につきたかったのだが、努力も根性も足りず、たちまち道は閉ざされた。
そして代わりについたその職業は、形を残すのとは正反対の、後に何も残らない、ただ事に当たるだけの仕事が束になったものだった。
楽しくはなかったけれど、それでも毎日必死に働いた。
誰よりも早く出勤して、誰よりも遅く帰宅して、誰もいないアパートの部屋でスーパーの見切り品の惣菜を食う。
倒れ込むように寝るとまた朝になっている。
ある時、怖くなってしまった。
このまま、人生が終わっていくんじゃないのか。
面白くもない仕事に忙殺されて、ただ時間だけが過ぎていき、振り返ってもそこには何もない。
何もないまま終わっていく人生。
終わったことすら誰にも気づかれない人生。
このままでは自分が自分でなくなってしまう。
これが自分だと言えるものが欲しい。自分が生きたという証が欲しい。
今なら深刻に考えすぎだとも思うが、当時は本当に切実な問題だったのだ。
まさにアイデンティティクライシスであった。
そしてついに、すがるような思いで、私はカメラを手に取ったのだった。
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