新潟県糸魚川市能生 弁天岩・うみてらす名立
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年に何回か、
どうしても
海が見たくなる時がある。
今日は
そんな日。
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弁天岩。

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海側はけっこう険しい。

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午後の太陽が海面に反射して
ダブルで眩しい。

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波は静かだった。

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うみてらす名立。
日が傾いてくる。

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ランドマークの風車は
だいぶ前に壊れてしまっていて
回ることなくただ突っ立っていた。

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西陽の影。

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ここにも
秋の終わりが来ていた。

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日の入り間近。

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海に沈む夕日は
いつも特別。

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水平線の向こうでは
いまが夕焼けの最高潮。

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こちらは
夕焼けの名残り。

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東の空から
スピードを上げて
夜が追いかけてくる。

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半月に向かう
月が出ていた。

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泳ぎたいわけでもなく、潮風に吹かれたいわけでもなく、釣りをしようというのでもなく、ことさらに海の幸を求めているのでもなく、ただ「海が見たい」、それだけの理由なのだ。
むしろ、泳いだり潮風に吹かれたりして体中がベタベタするのは大嫌いだったりする。
でも、海を見るのは大好きだ。
海なし県長野で生まれ育った私にとって、幼い頃、海という果てしなく何もない空間は驚異でしかなかった。
海水浴で潜った海の、深淵に連なる果てのなさは恐怖でしかない。
今でも泳ぐなら壁のあるプールがいい。
海を見るのが大好きなことに加えて、海に沈む夕日を見るのはさらに好きだ。
山国ではどこに目を向けても、高低さまざまな遮蔽物があって、地平線や水平線を直接見ることはかなわない。したがって、山国においては水平線に沈んでいく夕日は存在しない。
山国の日の入りは必ず、山の尾根とか稜線とか、かなり見上げた場所から始まる。
太陽はそれなりの光量を保ったままギラギラと消えていって、それからずいぶんと経った頃に夜になるのだ。
幼い頃行った新潟で、水平線の彼方に落ちていく完熟トマトみたいな夕日を見た時、なんだあれは、と驚いた。
この歳になっても、海に沈む夕日を見るたびに、あの頃の私が心のなかで「なんだあれは」と叫んでいる。
その感激を追体験したくて、ついつい海に足が向いてしまうのだ。
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