長野県北安曇郡小谷村中土 鎌池周辺 地図
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5月。
世間はいまだ疫病にあえいでいる。
極力雑踏からは距離をとって、
とにかく人のいないエリアを目指す。
向かったのは、
小谷村、鎌池周辺。
この時期、
新緑の木々と残雪とのコラボが楽しめる。
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雨飾(あまかざり)山。
標高1963m。
深田久弥『日本百名山』中の一座。

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新緑から深緑へと変わりつつある下界とは違い、
標高1000mを超える鎌池周辺では
ようやく木々の芽吹きが始まったばかり。

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辺りには、おびただしい残雪。

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電柱の根開き。
根開きは樹木に限ったものではなく、
雪中から突き出るもの全てに発生する。

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日当たりの良い湿地にはもう
水芭蕉が咲いている。

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この日、気温は15度をゆうに超えている。
まさに雪解けの最盛期。

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遠い山肌には
雪解け水を集めた
巨大な滝が出現している。

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鎌池への道。
大部分が残雪で覆われている。
夏季は普通に車が通れる舗装道路だが、
当然、まだ冬季閉鎖中。

仕方がないので、通行止めになっている場所から
3キロあまりの道のりを徒歩で向かう。
まだ早すぎたのか、雪が多すぎる。
鎌池が近づくにつれ、
完全に雪中行軍となる。
当然、誰もいない。
そこら辺から
冬眠明けのクマが出てきそうで怖い。
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当初計画していた撮影も、
あまりの雪の多さにたじろぐ。
歩き回るのさえ難しい。
鎌池に着いたのはちょうどお昼。
怒涛の空腹感に襲われたので、とりあえず
コンビニで買ってきたおにぎりに齧りつく。
我々二人のほかは誰もいない。
辺りには風と遠いせせらぎの音。
なんとも贅沢な時間。
お昼を食べ終わる頃には謎の達成感に満たされ、
写欲はすっかり失せていた。
これからまた悪路を3キロ
歩いて戻らなければならない。
「お昼も食べたし、帰るか」
帰ることになった。
「あっ、ちょっとあれ見て!」
歩き始めてすぐ、妻が叫ぶ。
その緊張感満載の叫びで私が咄嗟に思ったのは
「クマの出現」だった。
やばいこちらに気づいたらどうしよう
やばいこちらに向かってきたらどうしよう
やばい攻撃されたらどうしよう
やばいどうやって逃げるかな
背中を向ければやばいよな
逆に向かっていけばもっとやばいな
しかも雪道だし、やばいやばいやばい!
たった1秒くらいの間に
このくらいの思考が
本当に頭の中を駆け巡る。
大パニックなのだ。
その時、
「ドッカーーーーン!」
という地を揺るがす大轟音が空から降ってきた。
クマじゃない!
じゃあ何だ!?
驚いて視線を上げると
黒くて小さい影が
猛スピードで頭上をかすめていくのが見えた。
戦闘機!
慌ててカメラを構える。
大きくバンクして左旋回。

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天頂へ。

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太陽をニアミス。
鼓膜がビリビリ震える大音響。

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鎌池をなぞるように、
ゆるく左旋回しながら遠ざかる。

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機影はあっというまに新緑の木立の向こうへ。

出現からたった10秒足らずの出来事だった。
辺りの山肌に反響したジェットサウンドが
長らく谷全体を震わせていたが、
やがてそれも徐々に遠くなっていく。
こんなところで戦闘機にお目にかかれるとは。
呆然として空を見上げる。
またもや、突発的に開催された個人的航空祭。
体の疲れもクマへの恐怖も一気に吹き飛ばされ、
気分良く下山したのだった。
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その後の謎解き
戦闘機との遭遇後、すぐにカメラのモニターで拡大プレビューすると、くだんの機体には斜めに生えた2枚の垂直尾翼があった。
この特徴から、すぐにこの機体が「F/A-18」であることが分かる。
自衛隊ではF/A-18を運用していないから、当然この機体は米海軍か米海兵隊の所属機ということになる。
きっと米海軍/海兵隊基地のある厚木か岩国から飛来したのだろう、と思った。
ところが、帰宅してパソコンのモニタで等倍拡大してみるといろいろとおかしなことに気づいた。
まず、主翼端の形状が普通と違う。
米海軍/海兵隊の主力戦闘機であるF/A-18スーパーホーネットの主翼端には、空対空ミサイルを搭載するためのランチャーが装備されていて、それはちょうど2本の細い針が主翼から生えているように見える。

だが、この機体の主翼端はずんぐりと太い。
つまり、F/A-18Fではないということだ。

調べると、特徴的な形状から、この機体はF/A-18から派生した「EA-18G グラウラー」であることが判明。
EA-18Gは、EA(Erectronic Attacker=電子攻撃)の頭文字を冠しているとおり、「電子戦機」というカテゴリーの航空機で、敵陣地に侵攻し、電波妨害等によって敵のレーダーや通信網を混乱、無力化、撃破することを主任務としている。
まさに、ハイテク化された現代戦を制するために生まれた航空機なのである。
このEA-18Gを運用している在日米軍といえば、山口県岩国基地所属の第141電子攻撃飛行隊(VAQ-141)だ。
だからまず、この機体は岩国から飛来したのだろう、と考えた。
見ればこの機体、通常EA-18Gが主翼の下にぶら下げている電子戦用ポッドの代わりに、増槽(外部燃料タンク)3本が取り付けられており、完全に「お出掛け仕様」になっている。
鎌池から直線距離で600キロの岩国からも余裕で往復できるはずだ。
ところで、米海軍機はほぼ全ての機体で垂直尾翼に2文字のアルファベットが記されている。
これは「テールコード」といって、その機体の所属する航空団を示している。
岩国基地のVAQ-141であれば第5空母航空団に属するのでテールコードは「NF」となるはずだ。
・・・ところが。
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この機体(機番544)の垂直尾翼に記されていたテールコードは「NL」。
岩国所属機NFとは異なっている。
このテールコード「NL」とはいったい何者か。
調べてみると(かなり苦労した)、この機体「NL544」は米ワシントン州のウィドビー島海軍航空基地、第132電子攻撃飛行隊、通称「Scorpions:スコーピオンズ」所属機であることが分かった。
さすがは米軍と言うべきか、このVAQ-132は飛行隊独自のFacebookページを持っていたので、早速参照してみる。
https://www.facebook.com/VAQ132Scorpions/posts/4040381505985158
なんとこの記事の1枚めの写真に、鎌池上空で撮ったEA-18G「NL544」が大写りになっているではないか。
別の写真に写っているのは、その山容から青森県を代表する「岩木山」だ。
そしてこの記事の投稿日は5月12日。
つまり「NL544」が今、日本のどこかにいるのは間違いない。
さらに1枚めの写真を注意深く見てみる。
砂の海岸線に等間隔で堤防が突き出している場所。
海岸近くの集落の中に、緑屋根でロ型の建物が見える。
岩木山からさほど遠くない場所で、こういう特徴を持った海辺の景色をGoogleMapでしらみつぶしに探した。
そして、ついに発見した。

(地図)https://goo.gl/maps/qfGzbQtnJC5v1mTYA
この建物は青森県三沢市の「三沢聖心会病院」。
この病院のすぐ近くには、米軍三沢基地がある。
1枚めの写真は、三沢基地のRWY28、ランウェイエンドの上辺りで撮影されたものだった。
ならばひょっとして、NL544は三沢を拠点にしているのだろうか。
だとしても、そこでまた新たな疑問。
米軍三沢基地は米空軍が駐留する飛行場であり、米海軍の航空隊が駐留するのは不自然なのだが・・・。
さらに調べていくと、青森県の広報を発見。

やはり、EA-18Gは三沢に展開していた。
それも、この春から6か月という長期間の駐留である。
これについて、さらに調べた。
米軍は1970年代後半から、UDP(Unit Deployment Program=部隊展開計画※)というシステムを運用している。(※部隊交代計画・部隊派遣計画とも)
このUDPは、西太平洋における部隊の機動性向上と、展開環境下における部隊の即応性を高めることを目的としている。
本土・離島防衛を得意とする自衛隊と違い、有事の場所に「出向いて殴る」のがお家芸である米軍にとって、部隊の展開能力を保持していくのは至上命題なのだ。
このVAQ-132の三沢基地駐留も、このUDPに基づく部隊展開だったのである。
5機のVAQ-132所属機は4月11日にウィドビー島基地を出発、ハワイのヒッカム空軍基地を経由して15日に三沢基地に到着、部隊運用を開始。
鎌池上空を飛んだNL544は、そのうちの1機なのだった。
その後、三沢基地周辺で撮られたNL544の写真はないかと探していたら、三沢基地で撮られたNL544をTwitterにアップしている人を見つけた。
そして奇跡的にも、その方は鎌池上空を飛ぶ直前(もしくは直後)のNL544を撮影してくれていた。
それが↓の写真である(2枚め)。
(たてぞーさんTwitterから)
NL544は、この写真が撮られた三沢基地からはるばる500キロ南下して鎌池上空をかすめ飛び、また三沢へと帰っていったのだ。
しかしそれとて全行程2時間に満たないだろう。
戦闘機パイロットは、地を這う我々一般人とは全く異なった縮尺の地図を生きているに違いない。
そう思うとまた溜息が出る。
たった10秒足らずだったが、沢山の謎解きを楽しませてくれたEA-18Gとの邂逅なのであった。
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Twitterでたくさんの文字を見る事、若しくは視ている自分に驚き((((゜д゜;))))、そして悦んでいます。
コレだけの体裁を、どれほどの時間で整えられたのか?ソレも、驚いてます!
((((゜д゜;))))
個人的航空祭、おめでとうございます。
この時の、奥さまのお気持ちをお訊きしたく、考えております。
奥さまは、ソレほど悦ばれておられなかったのではないか?…………
そして、どォして悦ばせ方が不公平なのだろう?と思われたのではないか?と考えてしまってます。
自分の場合ですと、自分自身の悦び方が尋常でなく(狂喜?)、悦びの大きさの違いが気になってしまいました………
ピンクの豚さん
コメントありがとうございます。
私はもともと尋常ではない飛行機好きだったので、私のレベルに合わせてもらうのは到底無理だろうと思っていました。しかし結婚後に小松基地航空祭へと妻を連れて行ったところなんとドハマリしまして、今では軍用機を見ると目がハートになるくらいには立派な軍用機好きへと成長しております。
ですので、今回のEA-18Gとの遭遇も私に負けないくらい妻は大喜びでした。
ピンクの豚さんの言葉をお借りするなら、ふたりともまさに狂喜という表現がぴったりかもしれません。
航空基地無し県に暮らしている上に、今回のコロナ禍で軒並み航空祭が中止になってダメージを受けていたところでしたので、今回の遭遇はまさに天恵、大事件でした。
山奥でもどこでも行くので、定期的に来てほしいくらいです。
そのくらい飛行機に飢えてます(笑)。
拝復
ありがとうございます。
ご一緒に愉しまれて宜しかったと想っています。
四国地方が、あの握り潰したようなカタチから山々のカタチが機動飛行には難しく、米軍機が送電線を切断するなど少なくなかったようです。最悪、墜落の可能性もありますし………
ありがとうございました。