長野県大町市 平
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「いったい、どっちなのか?」
分かっていたつもりになっていたものが
ふたたび謎に包まれる。
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事の顛末は
こうなのである。
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4月1日。
いつものカモシカの棲みかへ
様子を見に行った時のことだ。
この日、運良く馴染みのカモシカに会うことができた。
しかし、困ったことがあった。
2頭一緒にいたのだ。

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彼らが2頭でいるのを見るのは
これが初めてではなかった。
昨年の12月、この2頭が
同じように仲睦まじく一緒にいるのを
この眼で見て、写真に収めている。
この馴染みのカモシカはオスだ、
と私は思った。
なぜなら、かなり体格が良かったことと、
「角輪(ツノの模様)の間隔が揃っているのはオス」
という説があったからだ。
カモシカの繁殖期は初冬。
そういう季節ということもあって、
年季の入ったオスが
若いメスのカモシカと恋に落ちた、
と考えたのだ。

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しかし、ニホンカモシカは
基本的に単独行動の獣だ。
オスとメスが一緒に行動するのは
繁殖期に限られる(と思う)。
あれから4か月余り。
いまだに夫婦で
仲良く行動しているというのは
どこかおかしい。
もしや、
私のカモシカ達に対する見立てが
根本的に間違っているのではないか。
そう思えてきた。
その後、
この謎をなんとか解明したくて、
何度も何度も彼らの場所に足を運んだが
なぜか一度も会うことは叶わなかった。
そればかりか、彼らの足跡すらも見つけられない。
一体どこへ行ってしまったのか。
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4月22日。
北アルプスの麓にも
芽吹きの季節がやってきていた。
この日も私は
彼らがどこかにいないかと思い
いつもの山に分け入る。
そこで、やっと手がかりを発見した。

芽吹いたばかりの1本のタラノキに
白い毛が絡みついている。
毛の質感や、絡みついている場所から考えて
カモシカの体毛に間違いない。
この時期、カモシカは寒さを耐えるための冬毛から
涼しい夏毛に「衣替え」を行う。
その時期の彼らが山の中を歩くと、
木の枝などに抜けた冬毛が絡みつくのだ。
ちなみに、これらの置き土産は
野鳥にとって、巣作りのための
絶好の建材となるそうだ。
とにもかくにも、
カモシカたちはまだこの山の中にいる。
生存確認がとれただけでも幸運だった。
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さらに幸運は続いた。
見つけた。
この顔つき、
馴染みの個体に間違いない。

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厚手の冬毛が抜け落ちて
全体的にかなりスリムなシルエットに変わっている。

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突然の人間の出現に
警戒してこちらを凝視する。
ニホンカモシカは
ニホンジカのように
見境なく逃げ出したりしない。
警戒心と好奇心の眼差しで
じっと相手を見定める。

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やがてこちらが無害だと理解したのか、
カモシカは食事を始めた。
地面から顔を覗かせる
さまざまな植物の新芽に
鼻を近づけて
丹念に匂いを嗅いでいる。
その草が食えるか食えないかの判断は
嗅覚によっているようだ。

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嗅覚による吟味の結果
食べ始めたのは
フキの葉。
こんなに苦いものをよく生で食べるな、と思うが
別に気にしていないらしい。
というより、フキの葉を選んで食べているところを見ると
むしろ好物なのかもしれない。

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横顔。
目の下に見える異物のようなものは眼下腺。
ここから出る分泌物を樹木などにこすりつけて
縄張りのマーキングを行う。

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この個体に出会ってもう何年も経つが
会うたびに
風格が増しているように思う。
均整の取れたその風貌は
健在だ。

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そしてこの日、
この個体の決定的な行動を目にする。
それは、カモシカの放尿だ。
カメラを構える私のすぐ目の前で
悠々とおしっこをし始めたのだ。

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写真家の宮崎学氏によれば、
ニホンカモシカの雌雄を見分けるポイントとして
「放尿時の姿勢」があるという。
放尿時、オスがいわゆる「立ちション」に近い姿勢なのに対して、
メスは腰をぐっと下に落として用を足すので
放尿の様子によって雌雄の判別は容易である、と。
このカモシカは
腰を落として放尿している。
つまり、
この個体はメスである可能性が高い。
いままでオスだと思っていたこの個体は
実はメスだった。
ということは、
パートナーだと思っていた若い個体は
子供なのではないか。
カモシカは子供を生むと
1年間は生活を共にするという。
子供が生まれるのは初夏。
冬の間、2頭のカモシカが一緒に過ごしたとすれば、
それが夫婦ではなく、
親子であったという方が容易に説明がつく。
この馴染みのカモシカは「母」、
つまり「メス」
だったのだ。
しかし、この日
もう1頭の、おそらく子供であろうカモシカの姿は
目にすることができなかった。

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この日、
もう一つの発見があった。
「ため糞」場だ。
ニホンジカは
東大寺境内の暮らしぶりからも分かるように
あらゆる場所で
好き勝手にフンをばらまく。
でもカモシカは
フンをする場所が決まっていて
いつも同じ場所に来て用を足す習性がある。
その「ため糞」場を
ついに見つけることができた。
ここは、確実にカモシカの定期巡回コースに入っている。
これからは遭遇率がアップできるかもしれない。
生態学的な写真ですので
抵抗感のない方は、
クリック拡大してご覧ください
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5月4日。
親カモシカの生息地から
さほど遠くない場所で
仔カモシカを見つけた。
親離れ子離れの季節を迎えたのか、
近くに他のカモシカの姿は見えない。

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角はまだ小さいが、
風貌はかなり親似だと思う。
これから美しいカモシカに
育っていくことだろう。

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人前で堂々と食事を始めるくそ度胸も
親譲りか。

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以前に会ったときよりも
格段に落ち着いている。

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イタドリの新芽を
美味しそうに食べていた。

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好奇と警戒の眼差しで
こちらをじっと見つめる。

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眼下腺を松の幹にこすりつけて
縄張りのアピールをしている。
まだ若いけれど
すでに小さな山の主なのだ。

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そうして、
若いカモシカは
足早に木立の中へ姿を消した。
別々の暮らしになったとはいえ
親子ともども
元気に生きていって欲しい。

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緑濃い季節を迎えて、
もう彼らの姿は
容易には見つけることができなくなってしまった。
次はいつ会えるのだろうか。
ふたたび彼らと
森の中で視線を合わせるその瞬間を
楽しみにしている。
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