平田浩一・藤原康二・加瀬秀雄 氷彫刻 ”虎”~”琉金”【11】

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『琉金』は
金魚らしい橙色に照らされる。

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透かし彫りの金魚。
遠目ではわからないほど
シームレスな造形。

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ウロコの光の捉え方で比べると、
1匹だけ明らかに違う作りであることが分かる。

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2匹目の金魚。
大きく揺らめく尾ビレが迫ってくる。

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3匹目。
水草や背景と複雑に絡み合っている。

完成形だけ見ても、
あの複雑な工程は想像できない。

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透かし彫りの水草と
水泡の表現。

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右斜め前からのショット。

いかに尾ビレが複雑に作られているか
お分かりいただけると思う。

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透かし彫りの金魚の尾ビレも
実はちゃんと2枚づつ、
立体的に作られている。

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午前6時半。

薄明。

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カラー照明の光が
朝の青い光で希釈されていく。

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朝焼け。

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「ちょっと荷物を車に運んできますんで」

すぐにでも休みたいところに、
今度は機材を車へと運ぶ力仕事。

ぱっと見には文系競技に見られがちな氷彫刻。
だが、ひとたび会場に足を運べば
そういう先入観は根本から崩れ去る。

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藤原さんも、自前の機材の入った
霜だらけのキャリーケースを引いて車へ。

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まもなく日の出。

氷像が本来の白さを取り戻す。

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北アルプスはモルゲンロートに。
お堀はほとんどが凍りついている。

強烈な寒さ。

足の先がジリジリと痛む。

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完成した氷像を見ようと
観客の足は絶えない。

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一昨日制作した『虎』
太陽光による白化こそあるものの、
見事にその造形を保っている。

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撤収作業終え会場へと戻ってきた平田さんと
恒例の記念撮影。

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氷像制作者2人で一緒に、と思って藤原さんの姿を探すが、
どこにもいない。

そこで、今回の作品完成における陰の最大功労者、
加瀬さんと。

結局、藤原さんは最後まで会場に戻ってくることはなかった。

加瀬さんも平田さんと苦笑い。
「藤原さんは自由人だからなぁ」

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記念撮影を終えたところへ、
運営スタッフがプレートを携えて登場。

『琉金』の作品プレートに
小さなプレートが加えられる。

そこにあった文字は「金賞」。

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「おお、良かったー、金賞獲れた!」
平田さんが思わず声を上げる。

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平田チームの隣で『Crocodile ICE(銀賞)』を制作した
小阪さん桂田さんと。

作っている時はライバルだが、
完成すればノーサイド。

こういうところが
見ていて本当に気持ちがいい。

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「これ作られた方ですか?」
平田さんに話しかけた一人の女性。
平田さんへ『琉金』についてしきりに尋ねている。

「これってすぐに壊しちゃうんですか、本当にもったいない」

少し離れた場所でその会話を見守りながら、
心のなかで、そのとおりだなと思う。
12時間不眠不休で、技術と体力を総動員して作り上げた氷像。
これがほかの素材でできていたら、
長い間、博物館に展示しても良いくらいなのだ。

だが、氷の運命は儚い。

完成から数時間もすれば、
氷像はこの世界から
確実に消えてなくなる。

「消える芸術」を自認しつつも、
平田さんも渾身の作品が形を失っていくことが
実は名残惜しいのではないか、
そんなふうに考えてしまう。

だが、その平田さんから出てきたのは
全く予想外の返答だった。

「また作りゃあいいんですよ」

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「それじゃあ帰ります!わかばさんも元気で!」

平田さんと加瀬さんの背中が小さくなっていく。

作られた氷像が素晴らしいのはもちろんだが、
こういう氷彫刻師としての生きざまに
私はいつも惹かれてしまう。

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「また作りゃあいい」とは言いながら、
たぶん平田さんは、
二度と同じものは作らないだろう。

「また」作るのではなく、
「まだ」作ったことのない、
すごい氷彫刻を作ってやろう。

おそらく平田さんは
そう意気込んでいるに決まっている。

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東の山から顔を出した太陽から
一瞬だけ朝日が差し込む。

平田さんが彫り込んだウロコの一枚一枚が
太陽を宿して輝く。

この瞬間がたまらない。

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平田浩一・藤原康二・加瀬秀雄・作
 氷彫刻 『琉金』。

国宝松本城氷彫フェスティバル2022「チャンピオンシップ」において
金賞を受賞した。

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平田浩一・藤原康二・加瀬秀雄・作
 氷彫刻 ”虎”~”琉金”(氷彫フェスティバル2022)

~ 完 ~

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撮影機材

EOS5D Mark IV
EF70-200mm F2.8L IS II USM
EF24-70mm F2.8L USM
EF16-35mm F2.8L II USM
EF300mm F2.8 L IS USM

 

撮影後記

平田浩一さんのこと

 この氷彫フェスに参加している選手のほとんどは、飲食や宿泊の業界で勤務しつつ氷彫刻に携わる、いわゆる「兼業氷彫刻師」である。
 言うまでもなく、コロナ禍で深刻なダメージを受けたものの一つがこの飲食・宿泊業界だった。
 感染防止措置と自粛の連続で客足が遠のき業務が立ち行かなくなる中で、多くの人が「氷を彫っているどころではない」状況だったと聞く。
 それは平田さんも例に漏れず、氷彫刻を本業としているのに、ほとんど氷に触れることさえできない日々が続いたのだという。
 平田さんが氷彫刻らしい業務を再開できたのは、感染状況がようやく落ち着きを見せはじめた、2021年の暮れのことだった。
 「普段から仕事で氷を彫れるからいいよね」という周囲のうらやむ声とは裏腹に、平田さんも生業たる氷彫刻から遠ざけられ、苦渋の時を延々と耐え忍んできたのである。
 2021年の真夏、久々にテレビ出演した平田さんに送ったメールへの返信に、苦悩のにじんだ一言があった。
 「何とか、頑張って生きてます」

 今回、金賞を受賞した『琉金』には前日譚がある。
 1月15日に行われた『第46回 明治神宮奉納全国氷彫刻展』で平田さんは今回と同じく『琉金』を彫った。
 大会規定上、サイズこそ小さいものの、2匹の琉金が優雅に泳ぐ氷像を作り上げた。
 だが、平田さんの『琉金』は惜しくも優勝を逃した。
 本当に悔しかった、と平田さんはその時を振り返る。
 松本でもこの『琉金』を彫ると決めた以上、必ずや雪辱を果たすと心に誓った。
 通常、大会の当日は夜通しの作業に備えて、午後までゆっくり休養することが多い。
 だが今回、平田さんは大会当日のギリギリまで作戦を練った。
 昼食のため立ち寄った蕎麦屋の席上でも、さらに氷像のデザインについて検討が重ねられたのだという。
 琉金を2匹から3匹へと増やし、そのうちの1匹は「透かし彫り」で作る。
 成功すれば金賞、失敗すれば取り返しがつかない「諸刃の」デザインを携えて、平田さんは大会に臨んだのだ。
 そのデザインがどのようにして氷像として展開されたのかは、御覧頂いたとおりである。

 毎回このルポを書くにあたり、いまや恒例となった言い回しがある。
 それは「前回にも増して手数が多かった」だ。
 平田さんの氷彫刻を撮影し始めてから10年余り、この言い回しを使わなかったことはない。
 そしてまた今回の『琉金』も、前回より確実に手数が多かった。
 つまり、平田さんは少なくともこの10年間、着実に手数を増やし続けているのだ。
 当然のことながら、手数だけ増やしても手際に変化がなければ必然的にタイムアップになってしまうので、増えた手数に見合うだけの手際の良さを平田さんは身につけているということだ。
 制作を終えた平田さんは言う。
「前と同じことをやっても進歩がないんですよ。自分が確実にできるということだけやって勝っても意味がない。できるかできないか、そのギリギリを攻めてこそ次の進歩につながるから」

 平田さんが知命の里程標を過ぎて、すでに3年が経った。
「なんにも分からずに、親父に誘われて一緒に氷彫刻の大会に出た時、親父はちょうど今の僕と同じくらいの歳だったんですよ」
 実はなんとか実現したいなという夢があるんです、と平田さんは言う。
 30年前、平田さんを氷彫刻の道へといざなった父・謙三さんが見ていた景色を、今、自分の目で見ている。
 父と自分が歩んできた氷彫刻の道に思いを馳せながら、平田さんの眼はさらに未来を見ていた。

 平田さんの語った夢が実現することを祈ってやまない。

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藤原康二さんのこと

 藤原康二さんは、なんとも不思議なオーラをまとった人である。
 近寄りがたい、のではないけれど、かと言って人懐っこいわけでもなく、万事に対して斜に構えているように見えて、実は氷彫刻に対する情熱を人知れずメラメラと燃やしていたりする。
 どれほど世間が目まぐるしく動いていても、藤原さんから半径2メートルくらいは独自の時間軸で動いているような、一種独特の気配を醸し出している。
 平田さんと加瀬さんは、そんな藤原さんを「自由人」だと評する。

 この大会に先駆けて行われた「明治神宮奉納全国氷彫刻展」で藤原さんは尾羽根を広げた孔雀を彫った。
 その精緻な出来に到るまでの苦労を聞くつもりで水を向けたら、
「羽の部品を彫ってたらね、途中から足りないことが分かってね、必死で羽を彫るはめになっちゃったガハハ」
と笑う。
 だが、独特のリズムこそあれ、平田さんの後ろの方で迷うことなく次々と複雑な形状の氷を彫り出していく藤原さんには、氷彫刻師としてやはり只者ではないものが垣間見える。
 そんな藤原さんに、氷彫刻を始めたきっかけは何だったんですか、と尋ねると予想外の答えが返ってきた。
「いや、どんくらい前だったかな、もう相当昔だけどね、実は平田さんに誘われたんだよ、がはは」
 なんと、ここにも平田さんの隠れた師弟関係が存在していたのだった。

 作品が完成するのと同時に姿を消してしまった藤原さんに、今回の制作の感想を聞くことはついにできなかった。
 でも、それで良かったのかもしれない、とも思う。
 雲が行くが如く、水が流れるが如く、藤原さん独自のリズムで氷を彫る。
 それが自由人たる藤原さんらしさであり魅力なのだと、なんとなく思うのだ。

 そのどこか人を惹き付ける不思議なオーラが、強く印象に残った。
 そんな藤原さんの今後の活躍に大いに期待するところだ。

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加瀬秀雄さんのこと

 今や「平田さんあるところに加瀬さんあり」と言っても過言ではないかもしれない。
 今回の大会でも、平田さんの車から颯爽と降り立った加瀬さんを見つけた時、心から安堵した。
「やっぱり今年も来てくれた」と。

 2016年に平田さんと初めてタッグを組んで以來、いまや平田さんを語る上で加瀬さんの存在は欠かすことはできない。
 最初にタッグを組んだ時にはすでに、加瀬さんは名女房役として献身的に平田さんをサポートしていた。
 驚くべきことに、タッグを解消したその後も、加瀬さんは平田さんと行動を共にすることをやめなかった。
 たとえ選手とならなくても、自ら進んで平田さんの後方支援を買って出ていたのが加瀬さんなのである。

 平田さんの氷彫刻のリズムや流儀を誰よりも理解しているのは、おそらくこの加瀬さんをおいて他にない。
 誰よりも平田さんのやり方を理解しているからこそ、絶妙なタイミングでサポートに入ることができるのだ。
 今回も加瀬さんは、常に傍らで作業の進捗に目を光らせながら、平田チームの兵站を一手に請け負っていた。
 選手としてエントリーこそしていないものの、そういう意味で加瀬さんは、間違いなく平田チーム3人目のメンバーだったと言えるだろう。

 平田チームにとっていまや不可欠の加瀬さんだが、撮影している私にとっても加瀬さんはなくてはならない存在だ。
 氷像の制作を撮っていると頭の中に浮かぶさまざまな疑問がある。だが、作っている平田さんたちに聞くなどもってのほかなので、加瀬さんの登場以前は、制作が終わってから断片的に聞くしかなかった。
 ところが今では傍らの加瀬さんにその質問を即座に投げかけることができる。
 私の質問に加瀬さんは嫌な顔ひとつせず、自分の経験から、ときには平田さんの視点から、深く的確な答えを返してくれる。
 私がこうして写真に逐一キャプションをつけられるのも、平田チームのスポークスマンたる加瀬さんがいてくれるからこそなのだ。

 そんな加瀬さんの本業は、熟練の和食調理人である。
 その本業において昨年、嬉しいニュースがあった。
 厚生労働省選考による「卓越した技能者」いわゆる「現代の名工」に加瀬さんが選ばれたのである。

 【参考文献】令和三年度 卓越した技能者の表彰 表彰者名簿(PDF)(※加瀬さんの掲載は29ページ)

 その功績概要には、加瀬さんの調理技術への高い評価に加え、「氷彫刻」での活躍も大きく取り上げられており、加瀬さんの受賞は調理業界のみならず、氷彫刻業界にとっても大きな栄誉である。

 加瀬さんについて調べる中で、とある動画を見つけた。
 これが調理場に立つ、加瀬さんの姿だ。
 動画後半には、氷彫刻の様子も収められている。

 素敵だ。

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氷彫フェスティバルのこと

 ありふれた「コロナ」という単語が突然忌まわしい響きを帯び始め、世界は変わってしまった。
 前回の氷彫フェス(2020年1月)を思い返してみても、ほとんどの人がマスクなど着けていなかったし、加瀬さんが雑談の中で「なにか変なウイルスが入ってきてるみたいだから気をつけたほうがいいかもね」と言っていた記憶がある。
 それは誰にとってもまだ、対岸の火事に過ぎなかった。
 だがその後、社会がどうなってしまったのかは説明するまでもない。
 ウイルスは巧妙に変異しながら五月雨式に蔓延と収束を繰り返し、そのたびに人の集まる場所やイベントが手痛いダメージを受けた。
 この氷彫フェスティバルも2021年は開催直前になって中止が決定、氷彫フェスの歴史が始まって以来初めてのことだった。

 年が明け、感染が比較的落ち着いていたとはいえ、全国では例年開催されるはずの冬のイベントが軒並み中止となる中で、この氷彫フェスティバルの開催が決定されたことに歓喜した。
 そして1月20日、ついに2年ぶりの氷彫フェスティバルが開幕したのだった。
 ただ、メインイベントである「チャンピオンシップ」に当初出場を予定していた14チームのうち3チームが、職場からの遠征許可が下りないなどして出場辞退となった。その中には、かつて平田さんとタッグを組んだ帝国ホテルの赤羽目さんも含まれていた。
 さらに、チャンピオンシップの競技中には、「さっぽろ雪まつり」の開催が急遽中止となり雪像が壊され始めたという話が聞こえてきた。
 今更ながら、この氷彫フェスティバルは中止ギリギリのところを奇跡的にすり抜けての開催だったことに気づく。
 その大英断に至るまでには、主催者や参加者の執念というべき思いもあったことだろう。
 関係者各位には感謝しても感謝しきれるものではない。

 感染症への不安をはらみながらも、盛大に開催されたこの氷彫フェス。
 その場に居合わせて、あらためて感じたことがあった。
 そこにあるべきイベントが当然に開催されることが、こんなにも自分の励みになるのだということ。
 賑わうべき場所が賑わうことが、こんなにも心の安らぎになるのだということ。
 日常は、取り戻されなければならない。
 この氷彫フェスティバルは、我々が進んでいくべき道を示してくれたと思う。

 どうか来年のこの日も、寒空の下で巨大な氷像が育っていてほしい。
 いや、再来年も、10年後も。

 今回の氷彫フェスティバルに携わられたすべての皆様に心から感謝申し上げます。

 2022年春
 球わかば
 

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“平田浩一・藤原康二・加瀬秀雄 氷彫刻 ”虎”~”琉金”【11】” への2件の返信

  1. 長編ご苦労様でした。全ての画が素晴らしいです。今年の作品はホントに細く高い作品で、傍で見てると「折れる?汗、落ちる?汗汗」のヒヤヒヤ感が画を見て感じられました。温度計が実際の温度をより感じられてよかったです。虎は完成後に色を空想しましたが、実際にライトなどでの色付きを希望しす笑。余談になるかもしれませんが、わかばさんのフェスティバル撮影を「静止画だけでなく動画でも見たい!」と思うのは私だけでは無いと思いますが。。。今年も素晴らしい魂の入った氷の彫刻の物語を有難うございました(納得)。将来は動画?静止画?でのR1での撮影を期待しますマジで。

  2. Masao Kanoさん
     ありがとうございます。
     気温が低かったこともあり、平田さんも当初から「攻めまくった」造形に舵を切ったのが見ていてはっきりわかりました。
     デザインの段階で細かい細工があっても、当日の気温によっては細部省略ということも往々にしてあるので、今回は天候に恵まれてラッキーでした。
    >虎
     実はこの後、運営スタッフによって可変色LEDの照明が当てられて、様々な色にライトアップされていました。しかし私は完成後すぐに撤収してしまったので、色付きの虎は撮れませんでした、というのが真相です。
    >動画
     これは私もこれまで何度も、迷った挙げ句、結局手を出さずにここまで来てしまいました。
     動画って静止画の連続なのでかなり近い親戚関係に見えるんですが、実は全く別物だということに早々に気づいてしまいまして・・・
     もし動画をやるのなら、また一から勉強のし直しは確定ですので、ずっと尻込みしています。
     いつか動画をやる日が来るんでしょうか(自問自答)

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