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午前5時20分。
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氷彫刻 『2015年 飛翔』 完成。
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正面から見ると、
あまりの透明度の高さに
頭部が判別できないほどだ。
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午前6時。
作業終了の合図とともに
氷彫刻のライトアップが始まる。
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氷の大ワシには
鮮やかな橙色の光が当てられる。
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まだ完全に調整が済んでいない照明で
生きているように氷が揺らめく。
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羽根の一枚一枚が
風を掴んでざわめいているように見える。
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波しぶきの部分には
細かなつららが下がり、リアルな飛沫となっている。
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照明の調整が終わり、
燃えるような色に染められる氷の大ワシ。
それは、
絶体絶命のピンチを切り抜けて彫り上げられた
まさに不死鳥だ。
.
ライトアップされた氷彫刻を目当てにやって来る観客で
場内は一気に賑やかさを取り戻す。
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東の空が
朝に向かって
ゆっくりと白み始めた。
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気温マイナス5.3度。
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もうすぐ太陽が昇ってくる。
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東の山の稜線から
金色の朝日が
一直線に差し込む。
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氷の大ワシは
翼の隅々まで光を宿して
ギラギラと輝く。
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観客が口々に驚きの声を上げる。
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氷の大ワシは朝日に向かって羽ばたいているようだ。
その鋭い爪で
見る人の心を鷲掴みにしながら。
平田謙三・平田浩一 作
氷彫刻 『2015年 飛翔』。
第29回国宝松本城氷彫フェスティバル
全国氷彫コンクールにおいて
見事、金賞の栄誉に輝いた。
~ 完 ~
撮影機材
EOS5D Mark III
EF300mm F2.8 L IS USM
EF70-200mm F2.8L IS II USM
EF16-35mm F2.8L II USM
Carl Zeiss Makro Planar T* 2/50 ZE
SIGMA 15mm F2.8 EX DG DIAGONAL FISHEYE
EXTENDER EF2×III
撮影後記
この日、浩一さんは完全な睡眠不足だった。
それはこの松本で夜通し朝まで彫ったから、ということではない。
この大会が始まる時点ですでに寝不足だったのである。
この大会の前日にあたる1月10日の夜、浩一さんは東京の明治神宮にいた。
その日行われた「明治神宮奉納冬季全国氷彫刻展」に選手として出場していたのだ。
神宮の大会も、この松本の大会と同じく、夜通し氷を彫り続けて作品を完成させる。
浩一さんは、10日の夕方から11日の朝にかけての13時間、与えられた5本の氷柱を使って、独り不眠不休で作品を完成させた。
ちなみに、この時彫った「飛沫」は、見事優勝に輝いている。
徹夜明けの表彰式を終え帰宅した浩一さんは、ろくに休みもせずにホテルの仕事場に向かう。
そこで、本来ならば睡眠に充てるべき時間の大半を費やして、松本の大会に向けて氷彫刻用の刃物を研いでいたのだという。
その後、浩一さんは父の謙三さんを迎えに行き、その足で遠路松本入りした。
だからこの日、浩一さんは「うとうとした程度」でほとんど寝ていない身体のまま、再び12時間の徹夜作業に突入したのである。
そういうあり得ない状況の中で、起こりえないようなアクシデントが、起こりえないタイミングで起こる。
設計図がなくなった、という事実を浩一さんから告げられた時の衝撃は今でも忘れられない。
「さすがに今回はちょっと無理かも」
名だたる氷彫刻の大会を制覇してきたあの浩一さんが弱気になっていた。
これまでの大会では常に、浩一さんは手描きの精緻な設計図とにらめっこして、最後にはその設計図と寸分違わぬ作品を彫り上げていた。
その様子を幾度も目にしているだけに、「設計図がない」という事態の恐ろしさはよくわかった。
あまつさえ、完全な寝不足状態での作業なのだ。
弱気になるのも無理はない。
「まあ、できるだけのことはやってみます」
そう言い残して、浩一さんは作業場に入っていった。
浩一さんの言葉どおり、序盤の作業は遅々として進まなかった。
まず、氷を切り分けるための寸法が分からない。
虚空に何度も手を這わせ、巻尺を何度も空中に掲げてなんとか寸法を決定し、ようやく氷を切り分けた。
分担して作業を受け持つ父の謙三さんも、設計図がないことに苦戦しているようだった。
いつもならば求められているものを、設計図を見ながら黙ってさっさと作ってしまう。
だが今日は、自らが受け持つ部品のイメージを、浩一さんから逐一言葉で受け取って、それを自分なりに解釈したものを、氷の上に展開していかねばならない。
いつもの手際の良さは影を潜め、
15本の氷柱を前に四苦八苦する親子の姿がそこにあった。
そんな様子を見るにつけ、今回ばかりは作品が完成しないかもしれない。
失礼ながら、かなり本気でそう思った。
極度の睡眠不足と、設計図の紛失という悪夢の二重奏。
氷彫刻界で親子鷹と称えられる二人でも、経験したことがないであろう危機である。
最悪の結末を覚悟しつつ、苦々しい気持ちで二人を撮り続けるしかなかった。
ところが、である。
作業開始後1時間経ち、2時間経ちするうちに、不思議なことが起こり始めた。
劇的に二人の作業スピードが上がっている。
それまで頻繁にやりとりされていた会話もほとんどなくなり、父と子が、それぞれ黙って氷と向き合っている。
そして二人ともに、序盤とは比べものにならない速さで氷塊から立体を削り出しているのだ。
あまりにも迷いのないその動きに、もしかすると設計図が見つかったのかもしれない、と思った。
しかし依然として、彼らの手元に設計図は見当たらなかった。
今まで、設計図を片手に氷を彫る姿から、浩一さんは、制作の現場でその都度、平面図を立体に展開しているのだろうと思っていた。
しかし、どうやらそうではないらしい。
今回、設計図を見ずに細部まで彫り込んでいる浩一さんの頭の中には、これから形作ろうとしている「立体そのもの」が記憶されているらしいのだ。
それも、おおまかな全体像としての記憶ではない。
翼全体の形。
翼のどの部分に、どんな形の羽根が、どれくらい生えているのか。
風を受けた羽根のしなり具合。
身体のどこに関節があって、その周りの筋肉はどう動くのか。
頭の形、獲物を見据える首の角度、掴みかかろうとする爪の鋭さ、それらの細々とした要素が全て、頭のなかに入っているらしいのだ。
そうでなければ、あれほどの速さで氷を彫っていくことなど不可能であろう。
以前、夏目漱石『夢十夜』のエピソードを書いた。
手練の仏師にとって、仏像は「作り出すもの」なのではない。
あらかじめ木の中に埋まっている仏像を、あたかも土の中から石を取り出すようにして、ノミの力で掘り出すようなものなのだ、と。
まさにそういったことを、この親子は目の前でやっているのだった。
彼らにとって氷彫刻とはは、現場で考えながら行う作業なのではない。
すでに記憶の中に完全な形で埋まっている彫刻を氷塊の中から掘り出す作業こそが、氷を彫るという作業なのだ。
いつしか、形勢は完全に逆転していた。
「最初はどうなることかと思いましたけど、かなり出来てきているんで、まだまだ狙えると思いますよ」
休憩のため作業場から出てきた浩一さんから、そんな頼もしい言葉が返ってきた。
それから親子は怒涛の進撃を続け、作業終了がコールされるおよそ1時間前には恐ろしく精緻な氷彫刻を完成させ、さらには撤収作業までをも眈々と進めていたのだった。
これだけ作れるなら、設計図がなくても全く平気じゃないですか、と作業を終えた浩一さんにそう水を向けてみる。
そんなことはない、と彼は言う。
「設計図があれば、もっと波の部分を作りこむことができたんですけどね」
ワシの部分はほぼ完成できたが、波しぶきの部分も合わせれば出来は6ないし7割だという。
もしも設計図がちゃんと手元にあって、無駄のない手順で氷を彫れたならさらにレベルの高いものができていただろう、と。
悔しそうに呟く浩一さんと一緒に完成した作品を眺めつつ、一体、この親子はどれほどのものを作ろうとしていたのか、と思う。
それにしても、2晩徹夜をしてまで浩一さんを氷彫刻に駆り立てるその原動力はなんなのか。
氷彫刻が好きでたまらず、四六時中氷を彫っていたい、ということなのか。
もしそうだとすれば、それを生業にできることはこの上なく幸せなことではないか。
「仕事はやっぱり大変ですよ」と浩一さんから意外な答えが返ってくる。
浩一さんも父の謙三さんも、大きなホテルの氷彫刻部門をたった1人で受け持っている。
その職場において、二人の卓越した技術は全て「お客に満足してもらうため」に費やされる。
自分の彫りたいものを追求している余裕はそこにない。
常に、他者のために氷を彫ることが求められる。
そういう毎日を送っていると、やはり相当なフラストレーションが溜まるのだ。
「だから、こういう大会は大好きなんですよ」
自分の彫りたいものを、自分のために彫る。
通常の業務では彫ることの叶わない大物に、自分の持つ技術の全てをぶつけていく。
そこがたまらなく好きだ、と。
自分の勤めるホテルから、大会への遠征費を出してもいいと言われている。
年に数回に及ぶ各地への遠征費はかなりの額になるはずだ。
しかし、浩一さんは敢えてその申し出に甘んじることはせず、すべての費用を自分で工面している。
浩一さんは言う。
「そこで会社に頼ってしまえば、自分のための彫刻ではなくなってしまうから」と。
そんな浩一さんを、父の謙三さんは傍らで頼もしそうに見ていた。
浩一さんが20歳、謙三さんのもとで初めて氷彫刻の世界に足を踏み入れた時、謙三さんはちょうど、現在の浩一さんと同じくらいの歳だっただろう。
今でこそ、超絶的な腕の冴えを見せる浩一さんだが、駆け出しの頃は、当時すでに氷彫刻の第一人者だった謙三さんに怒られてばかりだったという。
「初めて描いたデザイン画なんか、この下手な絵は誰が描いたんだ、って親父に笑われましたからね」
今でこそ笑い話として語られるエピソードだが、当時は歯噛みするような毎日だっただろう。
浩一さんはそんな謙三さんの背中を懸命に追いかけ、謙三さんはみるみる力をつけていく息子に負けじと技を磨いた。
彫った氷の数と同じだけ、氷彫刻師としての自分を刻み続ける日々。
それからおよそ20余年。
謙三さんは日本の氷彫刻界の重鎮に、浩一さんは氷彫刻界のプリンスと呼ばれるまでになった。
「皆には本当に良くしてもらってますよ」
謙三さんは、そう感謝の言葉を口にする。
親子と話している最中もずっと、彫り上がった氷の大ワシの前には人だかりができ、口々に感嘆の声が上がっている。
二人の彫り上げる氷彫刻には人の心を虜にする何かが確かにある。
これからも、そんな氷彫刻の数々がいくつも彫り上げられていくことだろう。
平田親子の挑戦は続いていく。
謝辞
どうして夜通し撮るのか。
1回夜通しで撮ってしまえば、もう後には引けないという理由も確かにある。
しかし、本当の理由はもっと別のものだ。
朝、完成した氷彫刻を目当てに多くのカメラマンが押し寄せる。
場所取りの三脚と人の壁で、身動きができないほどだ。
だが、彼らのほとんどは、その美麗な氷彫刻がどうやって彫られたのか知らない。
氷と一緒に自らの魂をすり減らすような、彼らの過酷な作業にスポットを当てるカメラマンはまだまだ少ない。
だから、私は夜通し撮るのだ。
凍てつく大気の中、いずれは消えてなくなる運命の氷に一瞬の輝きを与えようと懸命になる彼らの姿を、氷彫刻の筋目として刻まれた、彼らの生き様を、より多くの方に知ってもらいたい。
そして、できることならこの会場に足を運び、実物の氷彫刻の迫力と彼らの気迫を多くの人に見てもらいたいと思っている。
こうして撮影の回数を重ねるごとに、写真では伝えられないことの多さを実感する。
「どうしても実物の氷でなければ伝わらないものがあるんです。だから、一人でも多くの人に見に来てもらいたいんです」
平田さんの言うとおりだと思う。
彼らの作品の凄さを前にして、写真というメディアの力も撮影する私の技量も、あまりにも非力であることは否めない。
だが、こんなブログの記事が世に出ることで、彼らの氷彫刻を見るため会場に足を運んでくれる人が少しでも増えるなら私は本望だ。
だからこれからも、氷彫刻に人生を掛ける彼らの姿を私なりに追い続けていきたいと思っている。
最後に、今回も素晴らしい氷彫刻を制作された平田謙三さんと平田浩一さん、出場チームと大会関係者の皆様、そして、この長い記事におつきあいいただいた皆様に心より感謝を申し上げます。
2015年2月28日
球 わかば
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